都橋探偵事情『舎利』

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「お父さん力が入らない」  恵美子は必要以上の力で手榴弾を握っている。 「お願いだ、私が握ってもいいだろうか?」  佐々木は小川にお願いした。 「駄目だ。少尉殿は手榴弾の扱いに慣れている。さてはテニアンと同じように自分だけでも助かろうと目論んでいるのかな」  中西は閉じ込められた部屋の間仕切り壁に耳を当てて中の様子を窺っている。玄関に見覚えのある男が立っている。 「英二」  思わず声が出た。徳田はステッキを出してスライドした。中西が追い払うように手を振った。徳田は中西と反対側の壁に張り付いた。  高橋が中西の隣に位置した。小川と佐々木のやり取りが聞こえる。手榴弾のひとつは小川が握り、もうひとつは佐々木洋子が握っている。そしてそれは握りを放せば爆発する。中西も下手に動けない。渡嘉敷が動いたと同時に飛び込んで人質を救う。高橋にも耳打ちした。 「さあ、佐々木少尉殿、どんな気分ですか。娘にうるさいから死ねと言ってあげたらどうです。米軍に居場所を突き止められるから静かにしろ、泣き止まなければ殺せと言ったらどうです。もう終わりにしましょう。四人で一緒にあの世で待っている家族の元に行きましょうよ」 「頼む、娘を助けてくれ。お願いだ。娘は関係ない。戦争は終わったんだ。私だけが死ねばいいだろう。頼む、この通りだ」  佐々木が泣きながら懇願した。 「ふざけるな、その思いを30年間我慢してきた俺達はどうなる。自分だけ良ければそれでいい。その思いが人の家族を殺したんだ。お前ははなから玉砕する気などなかった。自分が逃げ延びるために証拠隠しをしたんだ」 「違う、私達は玉砕を覚悟していた」 「ならばどうして白旗を上げた。旗を上げずに拳銃を向けることが出来たはずだ」  確かに小川の言う通りであった。だが白旗を上げた刹那に死んだつもりでもあった。何もかも、もうどうでもよくなってしまったと言うのがあの時の感情である。
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