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「いえ、要りません。今父と二人でお店を片付けています」
「閉店ですか?」
「はい、父はマンションも売ってテニアン島で苦しんだ人達に謝罪の旅に出るんです」
「そうですか。素晴らしい。お手伝いに伺いましょう」
恵美子の弾むような声に事件から吹っ切れていることを徳田は感じた。
「はい、お金用意しておきます」
徳田は事務所を出た。ドアの上部に名刺を挟んだ。宮川橋側階段を下りてタクシーを拾った。
産業貿易センタービルの佐々木貿易では看板が外されていた。
「お父さん、これ要るの?」
「捨てよう」
「うん」
佐々木親子は佐々木貿易を畳むことにした。
「そうそう、石川町に借家があるの、二間と台所と小さなお風呂だけどどうお父さん?子犬なら飼えるらしいわ」
「お前に任せる。二間あれば十分だ」
佐々木はテニアン島からの引揚者を慰問することにした。相手からすれば受け入れがたいかもしれないが謝罪の旅を続ける覚悟である。そのために住まいも処分した。
「沖縄、八丈島から始めて伝手を頼り一年掛けて廻る」
「もし行き詰ったら、都橋の探偵さんにお願いすればすぐに捜し出してくれるわ」
「そうだな。私達の命の恩人でもある。それで帰って来たら恵美子と四国を巡礼したい。付き合ってくれるか?」
「決まってんじゃない。お父さんを二度と離さないから」
恵美子は不要な書類をシュレッダーに掛けた。
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