都橋探偵事情『舎利』

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「あなたは佐々木が死んでも終わらないと言ったがそれは他人の譫言だ。あの場面を目の当たりにすれば俺達の気持ちが分かる」 「ああ、その通りだ。他人の譫言だ。私は佐々木を護るつもりなど毛頭なかった。小川の覚悟は分かっていた、佐々木と二人で死ねば一応のけじめは付けられると思っていた。しかし小川は黒木さんを手に掛けた。それは絶対に許される行為ではない。その時小川はただの殺人犯に成り下がった。私は斎藤嗣治宅に忍び込んで一部始終を見ていた。小川は佐々木親子と斎藤嗣治の妹を道連れに選んだ、最低の男だ。あなたはその最低な男に振り回された独楽鼠に過ぎない。自首しなさい。それがいやなら死になさい。どうせ法に捌かれて死刑になる。その気なら死の旅立ちに手伝いをさせてもらってもいい。この川は中村川と言って横浜大空襲の時には死体がたくさん浮いていた。沈んでゴカイの餌になった腐肉の層がある。あなたはその層から地獄に落ちるんだ」  徳田はコートの内からステッキを出した。そしてスライドした。スライドした部分はステンレス製である。名城がバッグを振り上げて徳田に向けて飛び掛かる。徳田は頭を屈め名城の左脇を潜り抜け右足を大きく踏み出した。左足が自然と付いて行き名城の背に回った。その刹那回転しながらジャンプする。名城の脳天にステッキを叩き落とした。名城は橋の欄干に身を預けるように倒れた。そして名城は自力で中村川に落ちて吸い込まれた。  伊勢佐木中央署に小川の遺骨が届いたのが正月の五日だった。伊勢佐木中央署の中西と横田は八丈島行の船に乗っていた。横田は遺骨を抱いている。 「さみいなあデッキは」 「西さんは八丈に行ったことはりますか?」 「ない、あんまり船好きじゃない。ボートはいいけど大型船は酔うんだ。中で一杯やるか」  八丈島に到着するのは9:00前である。二人は遺骨を囲んで朝まで飲み明かした。 「ここ、分かりますか?」  横田はタクシーの運転手に番地を示した。
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