都橋探偵事情『舎利』

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「お手頃だね」  カッコ付けた。 「どうですか羽織られては」 「ありがとうでも時間がないんだ」  女が出て来た。さっきとは色違いのネッカチーフを巻いている。サングラスも小さくて丸い物に変えている。やはり尾行に用心しているのだろうか。いくら外装を変えても身体の特徴は変わらない。 「ありがとう、そのコートは気に入った」 「お待ちしております」  ソフトを摘まんで店を出た。この探偵は都橋興信所の所長で徳田英二と言う。昭和50年現在35歳。所長と言っても専属の調査員はいない。長者橋の電柱に募集の看板を掛けて10年になるが未だ訪ねて来る者はない。忙しい時に臨時で知り合いを頼んで熟している。尾行している女は西尾ゆかり28歳。依頼主は合田商事の二代目である。不動産屋だがやくざである。弱みを探り土地を手に入れる。徳田は先代に世話になった一時期がある。昨年亡くなったがその続きで付き合っている。徳田は二代目とは縁を切りたかった。やくざに甲乙はないが先代には情があった。上手く言えないが一本筋が通っていた。二代目の評判はよくない。まだ25歳と言う若さで継いだ。取れるものは根こそぎ絶やすつもりでいる。その二代目の女を尾行している。本妻は根岸の実家にいる。キャバレーパリで女給をしていた女に入れ込んでいる。くだらない依頼だが金がいいから引き受けた。付き合っている男を捜してくれとの内容である。男の素性と居場所を突き止めて報告すれば25万、それこそサラリーマンの平均月収が一日二日で手に入る。  女は三越を出てムービルの方へ歩いて行く。まさか映画を観る気だろうか。映画には付き合ってられないとふて腐る。やはり予想通りだった。それも封切り『伊豆の踊子』苦手なジャンルである。仕方なく千円を支払い館内に進む。本編の前のニュースが上映されていた。女は躊躇うことなく最上段まで階段を上がる。女が近寄るとにコートを置いて席取りしていた男がニヤッと笑った。立ち見の客が嫌な顔をしているが二人は意に介さない。いくら連れが来るとは言え立ち見がいる会場で席を確保するのは容易な心構えではない。ある意味非常識と取られてしまう。徳田は会場から出て売店前の長椅子で煙草を咥えた。
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