都橋探偵事情『舎利』

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「おめの気持ぢも分がるげど見逃すたら悔いが残るぞ」  鑑識課長鈴木が高橋に攻め寄った。二人共来年で定年である。大きな事件に発展するのは迷惑である。しかし僅かに残る正義の欠片がチクチクと逃げる自分を刺すのである。 「ガス線開けてから自分で結わいで自殺すたのが」 「自分で背中さ結わげる奴がいるが、誰がに結わがれだんだ」  逃げ口上の高橋に引導を渡した。そして山となったゴミ屋敷のひとつひとつに番号を付けて片付けた。家財だけになった台所からふさわしくない物をピックアップした。 「これは何だ?」  高橋も鈴木も復員兵である。構造は微妙に違えど勘で分かる。 「手榴弾の引き環でねが?」  鈴木が小声で言った。実際に手榴弾を携帯し構造が分かる年齢は米沢東西署に署長を含めて三人だけである。 「ああ、アメリカ製だべ」  そして殺人事件として捜査が開始された。『米沢手榴弾殺人事件』として高橋が班長となった。 「お父さん、断れねの?」  妻の茜が心配した。 「仕方ねだべ」  晩酌で熱燗をやりながら答えた。 「誰がに代わってもらえばいいげんど」   茜は新たな徳利を布巾に包んで飯台に置いた。 「おらの下は銃後で武器たがいだごどのね連中だ。手榴弾握ったごどのあるおらだがら分がるごどもある。あだなもので人殺すするには深えわげがあるはずだ。おらにはその気持ぢが分がる。これ解決すんな戦争は終わんね」  大きなぐい吞みを立て続けに飲み干す。 「明日がらすばらぐ帰んね。着替え出すておいでぐれ、酒も解決するまで断づ。その代わり今夜は三本余計さ頼む」  高橋は妻に微笑んだ。茜は三本と言わず何升でも飲ませてやりたかった。    
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