都橋探偵事情『舎利』

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「ご主人、この辺りに宿はありますか?出来れば民宿よりビジネスホテルが希望なんだけど」  主人が通りに出てホテルまでの道順を教えてくれる。探偵は耳がよくて記憶力がよくなければ務まらない。一度暗記したら忘れない。右、左、焼き鳥屋、突き当り、右、三叉路真ん中、主人の喋り癖や接続詞は排除して道順だけを記憶した。 「分がったげえ?」  普通なら覚えられない。「その辺りで聞いてみます」と逃げるのが旅人の常である。徳田はしっかりと記憶した。米沢駅からここまでくるまでにも辻々の店や看板を記憶している。焼き鳥屋は二軒あった。 「ご主人、焼き鳥屋は赤い提灯が掛かった店かな?それとも白い暖簾にひらがなで『とり』と書いた店?」 「白い暖簾の店だ。味は赤え提灯の方がいい」 「よかったら一杯奢りますよ。話し相手になってください」 「おめさんはどごがら来だの?」 「東京です。郷土史の研究をしています。米沢と横浜の交易について調べています。ご主人は地元でいらっしゃる?なら是非お話を聞かせてください。米沢の発展のために若造に勉強させてください」 「かがから許可得で来る」 「それじゃ一時間後に赤い提灯の焼き鳥屋でお待ちしております」  徳田は煙草屋を離れてビジネスホテルに向けて歩いた。主人の道順に間違いなければぼちぼち着く頃である。 「三泊」 「料金は先にいただくことになっております」  徳田は三日分を支払い部屋に入る。ステッキを抜いて靴ベラの横に置いた。タオルに冷水を湿らせて顔から首周りを拭った。シャワーを浴びたいが煙草屋を待たせてはまずい。
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