都橋探偵事情『舎利』

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「どうも、鳥平の山崎ど申すます。この度はわざわざ米沢まで研究さ下さってどうも。米沢にはいいどごがいっぱいありますから東京さ紹介すてください」  焼き鳥屋の主人が挨拶すると奥のテーブルから拍手が湧いた。徳田はソフトを摘まんで会釈した。『キャー』と黄色い声が上がった。 「米沢市役所のへなご達だ。郷土史研究の先生ど伝えだがら、爺様来るがど思ってだんだべ。それが若ぐでハンサムだがら驚いでんだ」  煙草屋の主人が役所の女達に手を振った。徳田は苦笑いした。これでは聞き込みは出来そうもない。早急にこの場から離れたい。しかし逃げるわけにはいかない。嘘吐きのレッテルを張られてはこの先誰も相手にしてくれない。 「ご主人は生まれも育ちも米沢ですか?」  当たり障りのない挨拶から始めた。 「はい、うぢは代々萬屋ですた。最近出来だべ、シェブン何どがど言う7時がらばんげの11時までやってるスーパーみでな店、それの原型みでな何でも屋だ。昔は村さ一軒すかねえがら重宝されだ。でも今じゃ煙草ぐらいすか買いに来ね。んだがら煙草屋になった。おぼご等は外さ働に出るようになって残念だんだげんと、皮肉にも家計は楽になった」 「そうですか、それは時代の流れを感じますね、それこそが郷土史ですよ」  徳田が煽てると煙草屋は喜んだ。 「まさがおらの名前本さ出るんじゃねべーね。その時は教えでくださいよ。孫達さ見しぇんなねから」 「当然ですよ、郷土史の生き字引じゃないですか」 「爺様、やったな」  カウンターの中で聞き耳を立てていた主人が煙草屋を持ち上げた。焼き鳥屋が電話をしている。徳田は嫌な予感がした。 「おらの高校時代の同級生で東大さ行ったのがこっちに戻って来てで、県会議員の秘書やってる。こいづが米沢の歴史さ詳すいがら電話すたら素っ飛んで来るど張り切ってだ。やっぱり大学出は大学出同士の方話が早えべすね」  悪い予感はよく当たる。徳田はずらかる算段に入った。
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