都橋探偵事情『舎利』

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 屈託のない応対である。名城は佐々木のことよりこの娘に気を取られてしまった。店内をぐるっと回ると洋酒類が多い、それにアンティークな家具などもある。 「酒屋さんでしょうか?」  奥から佐々木が出て来て名刺を差し出した。名城は頷いた。 「欧州からのウイスキーは自信があります。どこよりも格安で卸せます。特にスコッチはブランドを取り揃えていますよ」  佐々木は売り込むが名城に手応えを感じないと「ごゆっくりどうぞ」とまたパーテーションの奥に戻った。一瞬だが佐々木と目があった。洞穴の中で民間人に自決を迫ったあの目である。名城は震えていた。母と泣き叫ぶ弟が手榴弾で死んだ。『これで安心して眠れる』と佐々木少尉は洞穴で熟睡していた。 「帰ります」  奥に声を掛けるとさっきの女が出て来てパンフレットと名刺を差し出した。 「また来てくださいね、個人でも少量でご用意しますから」 「はい、ありがとう」  名城は佐々木貿易を出て金城のタクシーに戻った。 「どうだった?」 「おいどうだった?」  名城は女のことを考えていた。 「ああ、佐々木の会社だ、間違いない」 「でかい会社か?」 「いやうちの八百屋より小さい」 「よし、小川に知らせよう。山形は成功したようだし」 「あいつならどうやるかな?」 「決まってんじゃねえか、レモンで店ごと一発さ」 「娘がいるぞ」 「娘って?」  名城はもらった名刺を出した。
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