都橋探偵事情『舎利』

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「佐々木恵美子?佐々木の娘か?」 「恐らくな」 「それなら二人共地獄に送るさ。それでも数じゃ負けてるんだから」  金城がいた洞穴では軍人一人に民間人の女子供が五人死んでいる。佐々木の娘を道連れにしても物足りない。 「可哀そうだな、娘は齢からして戦後本土で産まれたんだろう。恨みの対象から外してやりたい」  名城は佐々木恵美子の笑顔を想い出していた。  「可哀そうなのは俺たちの家族だろ、弟や妹だろ。30年経って薄れていたが佐々木を見てぶり返した。お前はどうだ?」  「忘れるか、忘れられるか、必ず夢に出てくる。弟は生まれて一年も生きていない。佐々木少尉に命令された。『泣きやませろ、お前に出来なければ俺がやる』お袋は俺のことを考えて自分でやろうと決めたんだ。おふくろの腹から出て来た弟をどうしておふくろが殺さなきゃならない。おふくろは弟に乳を与えている恰好で死んだ。乳も弟も木端微塵だ」  名城は言い終えて拳を握った。金城も当時を想い出していた。 「よし、戻ろう。今夜小川から電話がある」  二人は鶴見に戻った。金城は名城と一緒に電話の近くから離れずに小川からの電話を待っていた。電話が鳴った。すぐに受話器を上げた。 「・・・・・」 「もしもし」  小川は金城の声を聴くまで発声しない。 「俺だ」  小川は米沢郊外の公衆電話から電話をしている。小川は一晩経っても斎藤嗣治を殺した興奮が冷めやらない。達成感と恐怖心が同時に混在している。現場から走って逃げたがそれすらも覚えていない。アパートに戻りベッドに潜り込んだまましばらく震えていた。
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