都橋探偵事情『舎利』

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 中西が煙草に火を点けた。横田が窓を開けると駐車場で野球をしている。 「あいつ等呑気に野球なんかやりやがって。ベトナムで負けたもんだから人んちで油売ってんだ。ヘイ、ピッチ、ノーコンねノーコン、全然だめね」  中西が大声でヤジを飛ばす。不思議とこんな英語はよく通じる。 「中西さん、来ましたよ。ベンチにいた黒人の大男が窓に向かって歩いて来る」 「上等じゃねえか」  中西がコートを脱いでソフトを飛ばした。窓から飛び出し黒人に向けて歩き出した。中西は大きいがアメリカ人の大きいとはサイズが違う。海兵隊は野球を中止してヤジを飛ばす。二人の両サイドに輪になった。2メートルの間隔で対峙した。 「中西さん、どう考えてもまずいですよ」  横田が周りに会釈しながら言った。 「売られた喧嘩は相手になる」 「立場上問題ですよ」 「喧嘩に立場は関係ねえ」  黒人がスタジアムジャンパーを観衆に投げた。中西は背広を脱いで横田に渡した。二人が飛び掛かかる刹那に割って入ったのはこの部隊の大尉だった。黒人が何か言った。 「運のいい野郎だ、折角ベトナムで命拾いしたんだ、横浜でくたばらなくて良かったな」  仲間が中西の捨て台詞を訳して黒人に伝えた。引き下がる黒人はUターンして中西に飛び掛かる。体当たりされた中西が素っ飛んだ。すぐに立ち上がり黒人の腕を取り一本背負いを仕掛けた。観衆が檄を飛ばす。賭けが始まった。 「ゴー、マイケル」  マイケルは下になりながらもパンチを繰り出した。重いパンチが中西の顎に当たった。口の中を切った。立ち上がり血唾を吐いた。マイケルのパンチを掻い潜り頭突きを見舞った。マイケルの鼻血が中西のシャツを染めた。お互いがぶつかり首を絞め合った。死の我慢比べである。どちらも降参しない。そのまま膝をついた。二人共泡を吹いて後ろに引っくり返った。賭けが成立しない観衆は残念がっている。  
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