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「お父さんどうしたの?」
一点を見つめて固まっている父親に声を掛けたのは一人娘の恵美子である。
「いやなんでもない」
「仕事のことで悩んでいるんでしょ?」
佐々木は返事をしない。
「そのうちきっと軌道に乗るって心配要らない。昨日もお客さんが来てくれてるし、それも日に日に増えているからこれからよ。それにうちは借金があるわけじゃなし、愈々駄目なら辞めればいいのよ。お父さんの口癖じゃない」
恵美子に励まされたが商売の不安じゃない。
「商売のことでお前に話がある」
「何?」
佐々木は娘を自分から遠ざけることに決めた。
「店は失敗だ、畳む。父さんは旅に出る。お前は母さんの所に行きなさい」
「いやよ、どうして急にそんなこと言うの?おかしいわお父さん、さっきまで楽しそうにしていたじゃない」
「うるさい、父さんが決めたんだ、これは命令だ」
「最後はいつも命令」
恵美子は半べそを掻いて二階に駆け上がった。最後はいつも命令、恵美子に言われて愕然とした。『お前達が殺せば天国に行ける、やらなければ全員が地獄に落ちる。これはお願いじゃない、命令だ』洞穴で市民に言った。ある者は乳飲み子を窒息させた。ある者は兄妹を扼殺した。そして多くが手榴弾を使用して自決した。あの時一緒に死ねば天国に導いて上げられたかもしれない。捕虜となり帰国すると気持ちが変わった。生きて責任を取ることを考えた。しかしそれも束の間、新たな妻をめとり子が出来れば幸せが上回った。いつまでもこの幸せを堪能したい。しかしそれは叶わぬ願いでしかないと斎藤の死を目の当たりにして思い直した。
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