都橋探偵事情『舎利』

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「慌でで出だような布団の捲れ方だな」  便所に立つなら掛布団を跳ね上げたままにはしない。布団内の温度が下がってしまう。 「恐らぐ被害者は侵入者さ気付いで跳び起ぎだんだべ。そすて廊下でばったり会う」 「ほんじゃ廊下さ落ぢでだ出刃包丁は被害者の物だが?」 「恐らぐな」  高橋の疑問に鈴木が同意した。 「布団は一組だげすかね」  押し入れを検分していた佐藤が合流した。 「掛布団だげ余分にあるのはおがすいな、さどう、米沢市内の布団屋さ確認すろ、この数が月さ花柄の掛布団購入すた者がいだがどうが」  佐藤は頷いた。 「んだげんと今時電話もねす、郵便は電気どガスど水道の請求書だげ。被害者には交友関係は一切ねのが」  高橋は愚痴を溢した。 「やっぱりテニアン島がらの引揚者ば当だるより他にねが」 「それがテニアン一島だげの数字は分がらね。南洋群島全体で27000人ぐらいが引き上げているそうだ」  混乱の中の引き揚げである。正確に管理することは不可能だった。 「とごろで鈴木、なすて手榴弾なのが、おめは心当だりがあるんでねのが?」  佐藤が聞き込みに出て二人きりになったところで訊いた。鈴木は高橋を見つめた。 「おめと同ずだ。先さ言え」  高橋は笑った。鈴木の答えが予想通りだった。 「やっぱりそう思うが?」 「それすかねべー」  二人の予想は一致している。サイパン、テニアンの攻防は同じ軍人として耳に入っていた。二人は満州からの引き揚げである。取り残された民間人が手榴弾で自爆した話は珍しくない。
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