66人が本棚に入れています
本棚に追加
/191ページ
「失礼ですが斎藤嗣治さんとの関係は?」
「妹です」
「そうですか、妹さんですか、テニアンで聞いていました。そうですか、あの妹さんですか」
徳田は想い出しているふりをして空を見上げた。粉雪が瞼に落ちた。溶けて水滴になる。涙が零れたように見える。
「辛いな、嗣治さんの導きだなこれは、これから東京に帰るところですが明日にします。お店に同伴しましょうか」
「はい、ありがとうございます。飲み代はあたしのツケにしますから」
「それじゃ天国の嗣治君に申し訳ない。香典のつもりで受け取ってください」
女の後に続いて店に入る。スピーカーから大音響で流行歌が流れている。ママらしき女が徳田の前に出た。
「あんた、あの子の、なんなのさ?」
流行歌に合わせて徳田に話し掛けた。
「ママ、あたしのいい人、今日は二人にして」
妹が言った。
「そう言う関係です」
徳田がママに答えた。クラブとパブとスナックを足して三で割ったような店である。気楽に飲んで歌えて踊れる店が売りである。
「どうしますか?ボトル入れるとオールドで5千円、リザーブで7千円です」
「ヘネシーはあるかな?」
「聞いて来ます」
最近ヘネシーに変えた。事務所にはXOを置いてある。
「これしかないよ」
ヘネシーVSを抱えて持って来た。
「ああ、それでいいよ、ロックで」
「自己紹介します。あたしは斎藤洋子と申します。テニアンで生まれて3歳の時に山形に戻りました」
「ようこのようは南洋の洋でしょう?」
洋子は頷いて笑った。新聞には斎藤嗣治48歳と明記していた。戦後30年、当時斎藤は18歳である。妹とは16歳も離れている。
最初のコメントを投稿しよう!