都橋探偵事情『舎利』

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「失礼ですが斎藤嗣治さんとの関係は?」 「妹です」 「そうですか、妹さんですか、テニアンで聞いていました。そうですか、あの妹さんですか」  徳田は想い出しているふりをして空を見上げた。粉雪が瞼に落ちた。溶けて水滴になる。涙が零れたように見える。 「辛いな、嗣治さんの導きだなこれは、これから東京に帰るところですが明日にします。お店に同伴しましょうか」 「はい、ありがとうございます。飲み代はあたしのツケにしますから」 「それじゃ天国の嗣治君に申し訳ない。香典のつもりで受け取ってください」  女の後に続いて店に入る。スピーカーから大音響で流行歌が流れている。ママらしき女が徳田の前に出た。 「あんた、あの子の、なんなのさ?」  流行歌に合わせて徳田に話し掛けた。 「ママ、あたしのいい人、今日は二人にして」  妹が言った。 「そう言う関係です」  徳田がママに答えた。クラブとパブとスナックを足して三で割ったような店である。気楽に飲んで歌えて踊れる店が売りである。 「どうしますか?ボトル入れるとオールドで5千円、リザーブで7千円です」 「ヘネシーはあるかな?」 「聞いて来ます」  最近ヘネシーに変えた。事務所にはXOを置いてある。 「これしかないよ」  ヘネシーVSを抱えて持って来た。 「ああ、それでいいよ、ロックで」 「自己紹介します。あたしは斎藤洋子と申します。テニアンで生まれて3歳の時に山形に戻りました」 「ようこのようは南洋の洋でしょう?」  洋子は頷いて笑った。新聞には斎藤嗣治48歳と明記していた。戦後30年、当時斎藤は18歳である。妹とは16歳も離れている。
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