都橋探偵事情『舎利』

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「私は山田次郎と申します。終戦時テニアンで5歳の時でした。あなたはずっと若く見えましたけど?」 「いいえ、今年32になりました。もうこの世界ではおばさんです」  齢を言わなければ充分20代で通用する。 「謙遜を、私はさっきお遭いした時まだ成人になられたばかりだろうと思いましたよ」  世辞にもほどがある。だが30前であるとの探偵の勘は鈍っていた。 「申し遅れましたがこの度はご愁傷様です。心よりお悔やみ申し上げます」  徳田はソフトを外して一礼した。 「ご丁寧にありがとうございます。お帽子とコートお預かりいたします」 「寒がりでね、マナーが悪いとは思うがこのままがいい」  コートには得物のステッキを差してある。ソフトを外して隣に置いた。ラークのマイクをオンにした。 「兄とはどういう関係でしたか。失礼な聞き方ですいません。あたし兄のこと色々知りたいんです」 「お兄さんを愛していらっしゃる様子、先ほどの祈りで分かりました」 「あたしがマラリアに侵されたとき、ずっと看病してくれたのが兄です。あたしが二歳になったばかりですけどはっきりと覚えています。サトウキビの刈り入れで忙しい両親の代わりにあたしを看病してくれました。元々身体の弱い私は帰国することになりました、テニアンの港からサイパンのチャーリードッグまで兄は付き添いをしてくれました。サイパンに暮らす叔父に預けるまでよちよち歩きのあたしの手を引いてくれました。『自分で歩くんだぞ、誰もおんぶしてくれないぞ』そう言って叔父に礼を言って私を預けたのでした。船が出て見えなくなるまで手を振り合っていたのが瞼に焼き付いています」  洋子の目は潤んでいた。
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