都橋探偵事情『舎利』

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「おいおい、俺が悪いみていじゃねえか、泣くんじゃねえよ、まったく」 「だって可哀そう昭」 「あんたあの子の何なのさ、港のヨーコ横浜横須賀♪」  流行歌に真似て訊いた。笑わして泣き止ませようとした。 「あたし容子って言うの」  裏目に出た。泣き声はスタッフにまで届く。 「嘘だよ、さっきのは、今回は見逃して上げた。もうそこいらにいるんじゃねえのか」  女が泣き止んだ。ガラス戸を見て笑った。 「おじさん、ありがとう」  女は飛び出した。薄茶で透明のドアガラスに赤シャツが見えた。女が抱き付いた。赤シャツが中西に一礼したように見えた。  時計を見ると正午を少し回った。『伊豆の踊子』も中盤である。徳田は高島屋の屋上で時間を潰していた。ベンチに座り行き交う人を観察していた。合田商事二代目に電話をすれば依頼は終了する。15分あればムービルまで素っ飛んでやって来る。電話は目の前の階段の踊り場にある。あの二人の関係が気になった。悪い癖である。もしも愛し合っているならその仲を割いてしまう。そしてあの男は良くて足腰が立たなくなるまで痛めつけられる。悪ければ殺されて沖に捨てられる。西尾ゆかりは合田の二代目が飽きるまで囲われる。徳田はムービルに戻った。 「さっき所用で出た者だが」  半券を見せて館内に入る。一番高い席で二人は肩を寄せ合っていた。手摺には立ち見の客が並んでいる。その時代時代に席巻した女優が踊り子役を演じている。今回は花の中三トリオのひとりが演じている。徳田は立ち見の客に割り込んで二人の後ろに立った。盗聴器を仕込んだラークを二人の間にそれとなく向けた。映画の音量に負けてヒソヒソ声が拾えるかどうか微妙である。  
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