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フロントに電話が入る。米沢駅にそれらしき男が入場した痕跡はない。駅員もキオスクの女も気付かない。黒のコートに黒のソフト帽はそういない。見掛ければ印象に残るはずである。
「さどう、タクスー会社さ確認取れ。全社だ、急げ」
佐藤が署に電話を入れる。全ての確認が取れたのは夕方である。徳田はとうに横浜に向けて特急に乗車していた。
八丈島の実家で弟と一晩過ごした小川は9:40発のフェリーに乗車する。
「正月ぐらいこっちで過ごしたら」
「忙しいんだ仕事が」
「そうか、今度いつ帰る?」
「まだはっきりわからない。上手くいけば正月早々にでも帰って来る。コシヒカリの餅を土産に買って来る」
「上手くいかなければ?」
家族二人切り、両親や弟、妹の死に様は聞いて知っている。しかしその敵を兄が取っているとは考えたこともない。
「心配するな。でも命懸けの仕事だからな、万が一の時もある。そん時は共同墓地に埋めてくれ。元気で暮らせよ」
小川は全財産を弟に渡して来た。全財産と言っても200万にも満たない現金である。中卒で修理工をしてコツコツ溜めた金である。年内に佐々木をやると決意している。今日はクリスマス。残り五日である。五日分の宿代だけを財布に入れて八丈島を出た。弟が見送る。小川は弟をじっと見つめた。
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