都橋探偵事情『舎利』

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 ボストンバッグに着替えや日常必需品を詰め込んだ。娘は部屋から出て来ない。佐々木が突然発した店仕舞いにショックを受けているのである。恵美子は儲からなくても生活が出来るだけでいい、父と二人で貿易商を営むのが楽しみだった。復員して離婚し新たな妻をめとり恵美子が生まれた。恵美子にはテニアンの洞穴での出来事を知らせていない。米沢で佐々木の手足となって働いてくれた斎藤が殺された。ナイフでも絞殺でもない。手榴弾によるものである。佐々木は斎藤に謝罪したい、先ずは近くで手を合わせたい。ダスターコートを羽織り毛糸の帽子を被った。頭が薄く寒いだろうと恵美子が編んだものである。玄関を出ると北風が強い。もしかしたら恵美子が送りに出て来るかと五秒ほど待機した。佐々木は笑ってドアを閉めた。鍵を閉めると足音が聞こえた。ドアの向こうに恵美子が立っている。「ごめん、母さんと仲良く暮らせ」ドアに向かって祈った。この娘だけは巻き沿いに出来ない。自宅マンションを出て山手の駅に向かう。 「米沢」  急ぐ旅ではない、準急に揺られ終電の町に泊ればいい。  広域避難場所に指定されている根岸競馬場跡の馬場には木枯らしが吹き荒れていた。伊勢佐木中央署の横田刑事は住宅の管理人室で待機していた。 〔おはようございます、お忙しいところ申し訳ありません〕  担当は横田の流暢な英語に感心している。 〔俺よりうまいな〕  年配の将校は気さくである。 〔お伝えしたようにアメリカ製の手榴弾を使用した殺人事件が山形県で発生しました。協力要請を受けて米軍の施設に聞き込みに回っています。昨日、新山下の海兵住宅に寄らせていただきました。ベトナムからの帰還兵が小型の火器を売り付ける事例があると伺いました。ご存知であればもう少し具体的な事例をお聞きしたいのですが」 〔沖縄に私の部下がいる。今電話で聞いて上げよう〕  将校は横田に好感を持った。頼みごとを筋立てて協力を募っている。五分ほど待たされた。
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