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「失礼します」
徳田は恵美子に一礼して席を立った。
「待ってください。私からも頼みます。父を捜してください。お金も支払います」
「いや結構です。これは私的なことですから、お嬢さんに面倒掛けたくない」
「そうじゃないんです。父は戦争で南方のことは何一つ話してくれませんでした。きっと想像以上の経験をしたんだと思います。いつも何かを胸に秘めていました。そんな父の不安を取り除いてあげたいんです。それが出来るのは私しかいないんです。改めてお願いします。父を捜してください。私が依頼人になります」
ここまで信用されると徳田も切なくなる。しかし豊かな家庭である。その一部をいただくのは許されるだろう。
「お嬢様のお気持ちようく分かりました。徳田、命に掛けてもこの使命、全力で尽くします。後日請求書を送ります。それではお気を落とさずに。連絡はこちらでいいでしょうか?電話番号を教えてください」
恵美子は自宅と会社の電話番号を記して徳田に渡した。
「自宅に居なければ会社にいます」
「分かりました。恐れ入りますが警察には内緒に願います。マークされると動きが取れなくなりますので」
恵美子は頷いた。徳田はすぐに産業貿易センタービルに向かった。午後七時閉店する店が多い。佐々木貿易の前で立ち止まる。先客がいた。ドアのガラスにしばらく閉店しますと手書きの紙が貼られていた。恵美子が帰り掛けに張り付けたのである。
「なんだ、閉店か」
徳田は独り言を言って店の前から歩き出した。廊下の角を曲がりドアの前にいる男を探る。男はエレベーターに乗った。徳田は階段を駆け下りる。男は山下公園の前に停めてある車に乗り込んだ。個人タクシー、車種、色、ナンバーを控えた。
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