都橋探偵事情『舎利』

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 那覇空港は賑わっていた。沖縄返還から三年目で本土から観光客が押し寄せている。小川と名城は那覇でレンタカーを借りて名城の伯父が暮らす嘉手納に向けて走らせた。 「もし無かったらどうする?」  名城が不安を漏らした。有るとしても伯父が譲ってくれるかどうか微妙である。それは既にニュースで流れている米沢の手榴弾殺人事件を知っている可能性が高いからである。名城はやくざの伯父に育てられた。東京で一旗揚げる、東京に出るからにはもう沖縄には戻らないつもりでいた。その時伯父が餞別にくれたのが手榴弾である。『苦しくて苦しく苦しくて我慢して、それでも苦しければこれで死ね』と伯父が使い方まで教えてくれた。その手榴弾はテニアンの孤児仲間小川に渡した。『これでテニアンの敵を取ろう』と名城も賛同した。 「有るさ、まだ運が付いてる。きっと有る」  小川が祈るように言った。伯父の家は嘉手納市街地を抜けて屋良城跡公園の近くにある。街の真ん中にでっかい基地があり南に行くには大きく迂回しなければならない。 「俺一人で行って来る。伯父さんは本土の人間はあまり好きじゃないから」 「ああ、気をつけてな」  やくざも一線を退いていた。『嘉手納のハブ』と呼ばれた面影はすっかり消えている。 「伯父さん、今晩は豊です」  テニアンから帰り伯父に育てられた。17歳で親戚を頼り鶴見に出た。一度墓参りで帰郷した以来である。 「おう、豊か、ちゃーさん?東京うぅてぃしーやんたんが?」  真っ黒い顔の中の深い皺を寄せて笑った。 「まああがれー、よーんなーないるはじ?」 「それが明日帰らなきゃなりません」  伯父は泡盛を出してグラスに注いだ。
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