都橋探偵事情『舎利』

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「知りませんか?まだ出来たばかりの大きなビルで山下公園通りにあるんですが?」 「あっはい、存じております」  さっき行って戻ったばかりである。徳田はドライバーの氏名を暗記した。金城孝。沖縄出身者だろう。 「そうですか、そりゃ良かった。そこの3階に佐々木貿易って小さな会社があるんですよ。店は小さいが品物は揃っている。まだオープンしたばかりですが嵌ってしまいましてね。実は洋酒のファンでヘネシーに目がない」  徳田は金城が怪しむように話した。金城は偶然にしてはおかしいと感じ始めた。そう言えば鶴見の乗り場で後ろの客に譲った。この車に乗るために並んでいたのだろうか。それでも余計なことは喋らない方が無難と考えた。 「そうですか、私は下戸なもんで」  当たり障りのない返事をした。徳田はラークのマイクをオンにした。 「そうですか、沖縄の方はみな酒が強いと聞いていますが私の早とちりですね」  金城は頷いただけだった。車は桜木町に入っていた。 「私はね、この辺りで終戦を迎えました。五歳の時でした。横浜にも大空襲がありましてね、親も家も焼けてしまいすべて失いました。友達と二人でね、ナパームが降り注ぐ中、走って逃げました。死人の腹を踏みながらなんとか壕に逃げ込みました。隣で走っていたやくざは燃えて死にました。私のすぐ隣ですよ、人間なんて運以外にないと感じましたね。金城さんは終戦はどこで、いや同じ年頃に見えるから。もしや沖縄なら大変でしたでしょ?」  話し好きの客は多いがこの客はやけにしつこい。金城がしつこいと感じるのは今まさに計画進行中の復讐にそれとなく絡んでいるような内容ばかりだからである。それが徳田の狙いである。金城は徳田の話に乗らなくなった。 「お客さん、さっき後ろに並んだ男の人に順番を譲ったでしょ、どうしてですか?」  それでも徳田の存在が気になった。
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