都橋探偵事情『舎利』

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「あと30分で閉店ですけど大丈夫でしょうか?」 「ああ、それじゃ泡盛二杯ロックでもらおう。それと島豆腐追加」  バンダナキャップの若い女店員は笑顔で注文を受けた。名城は常連でカウンター席の主人が調理するすぐ前の席に座った。 「伯父さん元気だった?」  名城は沖縄に帰る前にこの店の主人に伝えていた。 「ああ、まあ。これ頼まれていたグラス」  名城はレジ袋をカウンターに載せた。主人が取り出す。新聞紙に巻かれていたのは琉球ガラスのグラスである。赤と青のセット二つ。 「ありがとう、こっちで買うと高いからさ」  主人はシンクにグラスを入れて洗い始めた。 「マスターは正月帰るの?」 「どうしようかな、四人で帰るとけっこうかかるよ。実家も狭いからホテル借りなきゃならないし。一年間やっと貯めた貯金が沖縄帰郷で無くなる。一向に金が溜まらない。その繰り返し」  主人が苦笑いした。 「でもいいじゃない、金に変えられないよ、家族の繋がりは」 「そうだね、じゃ豊ちゃんの言う通り帰ることにしよう。伯父さんに届け物があれば遠慮しないでよ。嘉手納まで20分もあれば行けるから」 「伯父さん」  名城が震えている。 「どうかしたの豊ちゃん?」  名城は首を振って店を出て行った。NGビルと小さく表示された小さなマンションのエレベータに乗った。二階で止まった。徳田は階段を上る。足音を消して廊下を歩く。ワンフロア五所帯。居酒屋の主人は男を豊ちゃんと読んでいた。徳田は表札を確認しながら廊下を歩く。二人の話からするとこの男も沖縄出身者。男には伯父がいる。田中、鈴木、名城、表札無し、辻田。名城姓は沖縄だろう。203号室名城、しかし名が記されていない。個人タクシーの運転手金城、そして知人の名城、どちらも沖縄出身者または先祖が沖縄出身である。徳田は金城宅にタクシーを飛ばした。車は車庫に収まっている。時計を見た、零時を回っている。
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