第一章   実験庭園へようこそ

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第一章   実験庭園へようこそ

 横浜の海岸の一区画に、埋立地でつくられた人工島がある。本土から離れること約二百メートル。二本の橋が、本土とこの島をつないでいる。  島の外周は約六キロメートル。学園島ハーバーガーデンと呼ばれるこの島は、灌木が多く、四季の花が植えられていて、まさしく庭園のように美しい。この施設の中核部は、海浜学園の中学部、高等部とその寮だ。  島の北側にある高等部に近接して五階建ての実験施設があった。ここで本格的な生化学教育が行なえることが、学園の看板となっていた。西南側にある中学部の近くには小規模ながら病院があり、生徒たちの健康管理も万全だ。中学部と高等部のちょうどあいだに、一爽の住む学生寮があった。  寮の敷地内には、女子寮と男子寮の二棟が並び、ほとんどの生徒たちがここで生活していた。  一爽が初めてここへ来たときは、世の中にこんな大規模な教育施設があるのだと驚いた。周囲を海に囲まれた端正な庭園都市は、内部に商業施設もあり、なにも不満は感じなかった。  昼間は、生徒や学校関係者以外の一般人も橋を渡って遊びに来ていた。ピクニックに来る親子連れや、ペットの散歩に来る人々だ。少し広い公園のような感覚なのだろう。  島の中心には、周囲の海を見渡せる展望台も建設されていたが、当初の想定よりも海風が強かったようで、安全のため閉鎖されていた。 「ここはなによりも、治安がいいのが特徴なの」  母親は中学生の一爽にそう説明した。学校関係者以外が島に出入りをするときは、全員身分証明の提示を求められ、生徒の出入りもそれぞれのもっているタブレット端末のIDで管理されていた。二本の橋を渡らなくては出入りできない島だからこそ、そういう治安が維持できるということだった。 「最近は子供を狙った犯罪が多いから、せめて高校三年間だけでも安全なところでのびのび過ごしてくれたら、私たちも安心なのよ」  一爽は、そんな母の意見に懐疑的だった。  中学三年時、自分の身長はもう父親を追い越そうとしていた。幼児の頃ならともかく、成長した今になって両親は手厚い安全を求めるのだろうか。 「授業も少人数制だし。普通の高校ではできないような海洋生物の観察や、化学実験もあるそうだから」  父はそう言った。かといって、一爽はとくに理科に興味があるわけではなかった。というより、今まで勉強そのものにそれほど情熱を持ってこなかった。父はそんな一爽に学びの楽しさを教えたかったのかもしれない。  進学が決まり、海浜学園の寮に一爽を送り届けて帰っていくとき、両親はまるで今生の別れのように、ぎゅっと一爽の手を握った。 「困ったことがあったら、すぐ連絡してね」 「必ず迎えにいくからな」  一爽は大げさだな、と半分あきれていた。ひとり息子に寮生活をさせるのは、両親にとってそれほど心配なことなのだろうか、と照れ臭いような気持ちで考えていた。  あれから一年が経ち、一爽は高校二年生になった。  寮生には狭いながら一人部屋が与えられていた。ベッドと勉強机、制服をかけるワードローブが置かれて、あとはやっとひとり通り抜けられるくらいの通路があるだけなのだが、それでも一応プライベートな空間と呼べた。  一爽はあくびをしながら、部屋着の上にパーカーを羽織った。洗面道具の入ったプラスチックのカゴを持って部屋を出る。洗面所、トイレ、風呂は共有だ。  廊下に出ると、すでに寮の食堂からは、炒めたベーコンの香ばしい匂いが漂ってきていた。
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