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昼休み、海浜学園高校の食堂では、あちこちで空席の争奪戦がくり広げられていた。
一爽は空いていたテーブルに、手に持っていた教科書を投げた。ふたりがけのテーブルに、ばさっ、と音楽の教科書と楽譜のファイルが広がる。
いましもその席を取ろうとしていた女子生徒のふたり連れが、目の前で席を奪われ、きっ、と一爽をにらみつけた。
「お先ー」
悪びれずに言って、一爽はさっとテーブルに近寄って椅子を引いた。
「お前、またそういう強引なことして……」
ひきあげていく女生徒たちに申し訳なさそうな視線を送り、片手をあげて謝ったのは友人の永友優吾だ。学級委員で人望もある優吾は、きちんと周囲を気遣う姿勢を見せる。一爽とは対照的に、いつも落ち着きのある態度だ。
「大丈夫。大丈夫。あの子たちたいして怒ってないって」
「俺がフォローしたからだろ」
「周りを気にしすぎなんだよ、優吾は」
一爽は笑いながらブレザーを脱いだ。ここは熱気に満ちている。ズボンのポケットから二枚の食券を取り出した。
「ほら、見ろよ」
「ああ、幻の中華丼?」
仕入れの都合なのか、人員的な問題なのかはわからないが、この食堂の中華丼は毎月第二火曜日にしかありつけない。しかも十食限定。それを「幻の中華丼」とありがたがって、生徒たちは限りある食券を奪い合う。
「朝一で買っておきました」
得意そうに言う一爽に、ありがとな、と優吾は目を細めた。
正直にいうと、明け方に変な夢を見たせいでいつもより早起きになってしまい、学校に着いてから時間的に余裕があったのだ。
普段の一爽なら、昼食は好物の「からあげ定食」一択だが、優吾は肉よりシーフードが好きだった。
今日は優吾につきあって、エビやイカを食すのもいいだろう。成績のいい優吾には、試験前によく勉強を教わっている。たまにはこういう恩返しがあってもいい、そう考えたのだ。
ふたりが中華丼の乗ったトレイを置くと、それでもうテーブルはいっぱいになった。邪魔になった教科書を椅子の背もたれと背中の間にはさむ。
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