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一爽はレンゲでご飯をすくった。湯気のあがる透明なあんが、小海老とサヤエンドウを内包して、とろりと光っている。
成長期の食欲がしばらくふたりを沈黙にさせた。
はふ、はふ、と口の中から熱を逃がす息を吐きながら、一爽は前のめりになって食事に集中していた。どんぶりを持ち上げて、中華丼の最後のひとすくいを喉に通すと、氷水の入ったコップを一気に氷だけにした。
ふう、と一息ついて椅子の背にもたれると、正面にいる優吾と目が合った。優吾はどんぶりを持ったまま、良い姿勢で一爽を見ていた。
(こいつ時々、俺のことをじっと見てるんだよな)
やがて優吾も食べ終えて、紙パックのミルクティにストローを差して飲み始めた。
「そういえばさー。昨日の夕方、島内で発砲事件があったって噂、知ってる?」
一爽が朝、教室でききかじった話だ。
「発砲事件?」
優吾がけげんな顔をした。
「ほら、学校のそばに研究棟のビルがあるじゃん。あそこの渡り廊下、うーんと三階だから空中廊下って言うんだっけ? あそこから銃声がしたっていう話」
「ええ? それ、本当かよ」
優吾は軽く笑い飛ばした。トイレに出る幽霊の話でも聞いたような表情だ。
「いや、なんかクラスの女子が騒いでてさ。うちの学校の三年にガタイよくて、すげーモテる先輩いただろ。あの人が昨日の夜から行方不明だっていうんだけど、なんか関係があるのかなって」
話しながら、一爽もずいぶんおかしな話だと思った。ここは徹底的に管理された、安全な場所ではなかったのだろうか。おそらく教室のみんなもそう考えて、あれこれ不穏な憶測が飛んでいたのだろう。
優吾は思案するように眉間にしわを寄せた。
「それって……ひょっとして、春待(はるまち)さんのことか?」
今度は一爽がいぶかしむ番だった。
「春待さんって……お前、その三年と知り合いなの?」
ぴく、と優吾の片眉が上がる。
「いや……たまたま名前を知ってるだけだよ」
そう言ったきり、優吾はしばらく黙ってしまった。
そして急に思いつめた顔で、一爽のほうに身を乗り出した。
「変なこときくけどさ。お前、金と友情だったら、どっちをとる?」
「なにそれ? いや、俺は友情をとるよ。だって友情はお金じゃ買えないもんな」
一爽は当然、とばかりに軽快に答えた。
優吾はさらに眉間のしわを深くした。
「じゃあ、たとえばその金で命が買えたらどうだ? 家族の命が買えたら。家族の命と友達とを天秤にかけて、どっちかだったら? お前はどっちをとる? いや、どっちを捨てる?」
「いや、どっちも捨てねーよ」
さらっと答えた一爽に、優吾はあきれ顔になった。
「お前、話きいてたか? 前提無視だろ」
「俺は、どっちも捨てない方法を考える」
堂々と答えたあと、一爽はおかしな質問をしてきた優吾を軽くにらんだ。
「なんだよ、なんでそんなこと俺にきくんだよ」
優吾は視線をそらし、食堂の柱にかかっている丸い時計を見た。
「そうだな、あと五分したら、ちゃんと説明するよ」
こわばった顔で答える優吾に、一爽は朗らかに笑いかけた。
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