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たらこスパゲティの上にぎゅっと搾られた檸檬の香りが好き。
そう気がついてくれたあなたは、それからお別れまでの数少ない食事の機会に、できる限り、たらこスパゲティを用意してくれた。
お別れの時は刻一刻と近づく。
あなたは、ずっと苦しそうで、悲しそうで、でも時々、ふわっと寂しい幸せに浸った。
こんなに苦しめるなら、悲しませるなら、お別れの時を早めた方がいいのではないかな。
そう心に過るけど、術を持たないから、どうにもできない。
……ごめんね。
お別れの前の日は、やっぱりたらこスパゲティで、あなたはちょっと具合悪そうにしているのに、残すもんかと意地になって食べていた。
そのスピードはゆっくりで、時間を少しでも引き伸ばそうとしているんだなってわかった。
いつもよりも、塩味がきいている気がしたのは、たらこの量のせいとかじゃなくて、あなたが堪える涙のせいだって、ちゃんとわかってたよ。
あなたは絶対に忘れる日なんか来ないって固く決めていてくれているけれど、そんなに意地にならなくたっていい。
忘れられてしまったり、なかったことにされてしまうのは、さすがに切ないから、そうは言えないけれど。
そうだな。
たらこスパゲティを食べて、檸檬の香りを感じたら、その時だけはまた思い出して。
だけど、たらこスパゲティを食べる度に悲しい想いをさせるのも嫌だから、約束してよ。
いつか、たらこスパゲティの新しい思い出を作って、悲しい思い出を薄めてほしい。
あぁ。
いよいよお別れの時だ。
少し出会うのが早かったあなたと、これで永遠にお別れになる。
せめて、こんな思いは繰り返さないで。
あなたの意識が遠のいていく。
次にあなたが目覚めるときには、もう完全にお別れは済んでいる。
───バイバイ、お母さん。
いつか、約束を果たしてね。
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