二人の白球

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二人の白球

              side 日菜  空はいろんな音がする。雲が流れる音、鳥の羽音、風の音、飛行機の音。  私は少し空に近いのかもしれない。  里宮日菜(ひな)は病室の窓から空を見る。毎日、何度でも。気が付けば、アルミサッシにふちどられた空に目がいってしまう。どこまでも澄んだ青空も、どんよりとした曇り空も、静かな夜空も、いろんな空が話かけてくる気がするのだ。 「おいで」っていつも手を差し伸べられている。 でも地上につなぎとめる足音がする。和葉(かずは)の足音だ。日菜は病室の窓をあけて手をふる。 「和葉!おかえり!学校どうだった?」 「日菜、ただいま!今そっちに行くよ」  和葉の声で日菜は「日菜」にもどる。きっと和葉はエレベーターを使わず階段を走って登ってくる。時間は135秒。今日は何して驚かそうかな。日菜はベッドから急いででる。  和葉と日菜は双子の兄妹。小学校を卒業したばかりの二人はとても仲が良い。でも、日菜だけ生まれつき心臓の形が普通の人と違っていた。そのため日菜は手術と入院を繰り返し運動制限の日々。 でも日菜は自分だけ取り残されたと思うことはなかった。和葉がいつも日菜のそばにいたからだ。保育園が終わって、小学校が終わっていつも和葉は日菜のところに戻った。家に病院に。和葉が日菜に笑顔を届けていた。  「ピッチャー振りかぶって、投げました。ストライーク!」 日菜は和葉がドアをあけるタイミングでドアに向かってスポンジボールを投げた。 「ちょ、ちょっと何してるの。ぼくじゃなかったらどうするつもりだったのさ。」 「甘いわ。私は和葉の行動は全てお見通しなのよ」 いたずらは大成功のようだ。 「体調は大丈夫?」 「全然平気よ。だから和葉、グランド行ってピッチング見せてよ」  入院生活はひまな時間が多い。日菜はテレビを見る時間が多かったが、そこで野球のアニメにはまった。  ピッチャーが投げる速い球。バッターとのかけひき、友情、チームワーク、努力。  日菜の生活にないものがギュっとつまっていてとにかく夢中になった。そしてその熱はすぐに和葉にも伝わった。幸い病院の横にグラウンドがあったので、二人は野球の真似事をしてずっと遊んでいた。  和葉がピッチャーになって投げる。日菜は調子の悪い時は病室からながめ、元気があれば降りて行った。そして実況中継、マネージャ、そしてコーチ。5歳から小学校卒業の12歳まで毎日毎日、病院で、家の庭で暗くなるまで遊んでいた。和葉が的に使っていたコンクリートの塀にはストライクゾーンにボールのあとがついていた。家の庭にはネットを買ってもらったが3度すり切れ、そのたびにこれでもかというほど補強してもらった。夢中になった爪跡ができるたび、日菜は生きている実感がした。
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