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「どーしたんだよっ」
背中を叩かれた。無邪気な笑顔がそこにあった。
あれから毎日彼と屋上で昼食をとっていた。
先生と一緒にいられて、このパラレルワールドから現実に戻ることもなく楽しく過ごしていた。
「何よ」
「いや、なんてかさ。落ち込んでるような気がして」
「そんなに落ち込んでるように見える?」
「まぁーな。
いつも見てるから分かるし、どれだけ一緒にいるんだよ。
何かあった?俺でよければ話聞くけど?
ほっといてってんならええけど」
そういうと横に座った。
「そっか、ばれてるか。彼氏と別れた。
違う好きな人が出来たって」
彼はいつもそうだ。驚いたりはしない。
紙パックのストローをくわえると向き直った。
「ふーん、そんな奴ほっときゃええのに」
「なっ、あのねーあんたには興味ないかもしんないけど。
私にとっては重大な話なんだからね」
「そんなの分かってる。だから、聞いてやってるんやろ」
「それはそうだけどさ」
いつもみたいに紙パックを引ったくって飲む。
「うわっ、苦っ。紅茶にしてよ」
「そんなの知らねーよ。俺が飲んでるのを横取りするやつが言うな。で、話戻すけど」
蒼い空が澄みきっている。その中にぽつりと浮かぶ太陽。
「うん。唐突でびっくりしちゃって。
なんか、心が離れてる気がしてたんだけど。
心にポッカリ穴が空いた気がする」
「あぁ、登下校と家通いしてたもんな。
長い時間一緒に居てた人が離れる空虚な感じか」
コンビニのパンを開けて、かぶりつく。
「太陽ってさ、一人で寂しくないのかな」
「いつまでメソメソして。お前らしくねーの」
怪訝に私をみる。我ながら感傷的になってるなと思う。
「ごめん。なんか」
私は先生こと森山くんが好きでここにいるはずなのに、カッコいい先輩に告白されて付き合ってしまった。
それどころか、森山くんとは友達になってしまった。
森山くんはやっぱり、私のことは恋愛対象にならないって言ったから、そばにいるだけでいいと思った。
彼は気にしていないという態度を崩さない。
「なんで謝るんや、今だけなら聞いてやるってるんやから。好きなだけ話せばええ」
私はそのあと1時間にものぼる彼氏の愚痴をこぼした。
「結局よかったんやないか。そんなに鬱憤溜まってたんなら」
「まあ、結果オーライとも行かない。やっぱり寂しいものは寂しい」
心の穴を埋めたい。眩しすぎる太陽が見下げている。
「中村は悪くないんちゃう。
あと前から聞きたかったことやけど、あの先輩の何がそんなにいいん。結局は人気の先輩を手玉に取ったみたいなことやろ」
なんでそんな言い方するの。彼をキッと睨みつけた。
「酷い。そんな人のステータスで取っ替えひっかえしてるみたいじゃん」
「おっ怖。何だよ、そんなつもりじゃないって。
だから、なんていうか。その。中村って男運ないやん。
だから…」
彼の言葉は掻き消された。
頭上からパラパラと落ちてくる雨音に。夕立だ。
「悠一のせいで、雨降ってきたじゃん」
「俺のせいかよ」
横を見ると上を見上げている横顔がそこにあった。
「でさ、何て言ったの今」
こっちを見ると頭をかいて、目を伏せた。
「んー、何でもない」
「秘密は無しでしょ」
「だな。もし、俺に彼女が出来たらどう思う」
やけに真剣な眼差しは私を見据えていた。
「うーん。想像できない。おめでとうってなるよ」
彼は紙パックを手に取ると立ち上がった。
「そうか、分かった。この後の予定は」
「ないけど」
「今から健達とカラオケ行くんだけどいくよな。それと、守沢達も来るし」
今日もいつものメンバーで遊ぶ。
毎日ゲームセンター、ファーストフード、カラオケやボウリングに行った。
渡り廊下を歩いている時に、後ろから声をかけられた。
「お久しぶり」
そこにいたのは、春だった。春は、いつもあざとい笑顔で上目遣いで話かけてくる。
「会いたかったよぉ」
春の後ろから抱きついてきたのが美咲。
「会いたかったといっても一昨日会ったじゃん」
「ここんとこ暑くなってきたね。今年もプールと肝試しいきますか?」
「いくいく。他の人にも連絡入れておいて」
「ラジャー。それはそうと、佑斗先輩と別れたみたいじゃん」
「そう。好きな人が出来たって」
春が私と美咲の間に入った。
「ちょっと聞きたいことがあるんだ、いい?」
「うん。いいけど」
彼女は私の袖を掴むと、空き教室の端に連れてきた。
「あのさ、ちょっと言いにくいんだけど」
関西弁で疎まれてた森山くんもいつの間にか馴染んでいた。
「森山くんって何か他の人と雰囲気違うじゃん。
この間ね、彼女作ったことないって聞いた」
私はそんなことも聞いたかなと思った。
確かに屈託のない笑顔に人気がある。
毎年、告白されたとは本人から聞くけれど断っている。
学年一の美少女にも告白されて、断って泣かせたらしい。
「そうみたい」
「そっか、意外だね。ねぇねぇ、千尋って森山くんと付き合ってるの? 」
私は飲みかけのジュースを吐き出した。
「なわけないでしょ。ないない。腐れ縁だし」
「よかった。密かに千尋はずっと二股してんじゃないかと思ってた、彼氏いながらも森山くんととかそんな美味しい話ないか。悠一くんって女嫌いなの」
「いやー、女の子好きだと思うよ。可愛い子の前だと鼻の下のばすし。あのこ可愛くない?とか聞いてくるし」
美咲が私の顔をニヤニヤ見ている。
「そろそろ付き合っちゃえば。
私もずーっと隣で見てるけど、本当は千尋は悠一のこと好きなんだよ。両想いっぽいし」
「何言ってるの。そんなわけ」
あるんだ。私は森山先生に会いに来たのだから。
ここで、何で余所見なんかしちゃってるんだろう。
「それでね、お願いがあるんだけど」
彼女の意図が少しずつ分かってきた。
「森山くんと付き合う気がないなら狙ってもいいよね」
その時私の中で何かが動いた。私は静かに頷いた。
「協力する」
「ありがとう。じゃあ、あとでね」
私は教室を出ていく彼女の背中を見送った。
屋上に上がると森山くんの後ろ姿を見つけた。
「おっす。遅かったな。今日は豆乳にしてみた。
これ、美味しいし身体にいいんだよな」
差し出された手に私は首を振った。間接キスになる。
「別にいい」
そして、こんなにも近い手が届く位置に憧れの先生がいる。
どうして私が隣にいるんだろう。
こんな生半可な気持ちで。現実を見ないと。
「ダイエットか?」
「もう、私といないほうがいいよ」
「なんでだよ」
「ほら、邪魔になるじゃんか。皆話し掛けたいのにさ」
私をまじまじと見ていた。
「今更、何馬鹿なこと言ってるんや。変なもの食べた?」
「うるさい。私が横にいるから彼女出来ないんだよ」
「ほっとけよ、俺が好き好んで作らないだけだっての」
私馬鹿だ、嫌な奴だ、最低だ。
昔、幼馴染に言われたことを思い出した。
私はずっと兄と一緒にいたから、友達は男ばっかりだった。
「千尋って名前負けしてやんの。ぜってー無理だわ。
付き合うのは」
「私に彼氏出来たら天変地異だし」
中学からあまり人と上手にコミュニケーションをとれず、教室の隅にいた。それが、森山くんとの出会いで変わった。
まだ後悔していることがある。
あの頃、美咲にからかわれた時に素直に言えなかった。
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