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「もしかして、悠一くんのこと好きなんじゃない」
その頃の初心な私は必死に赤面を隠した。
「いや、そんな」
「だっせーそんなわけないっての。悠一と千尋は似合わなすぎ」
私はそう言った森山くんの友達の顔を見返せなかった。
そして言わないといけない。
私はこの世界の住人じゃないってこと。
「そーいうことだから」
これでいいんだ。こうするしかなかった。
友人の恋愛を応援しないと。
「ちょっと待てって。何か気に触ること言ったんなら謝る」
「何もない」
言い残し私は屋上から教室へ戻った。
素直になれない自分が悔しくて拳を握りしめた。
いつもは森山くんとカラオケに向かうのに、この日は何だか気まずくて春達のところに行った。
「あっれー珍しいじゃん。いっつも悠一くんと来るのに、今日は私達と行くの。喧嘩でもした?」
「いや。たまには春たちと一緒に行こうと思って」
私はいつもの感じで振る舞った。
カラオケに着くと、男子三人は既に部屋で歌っていた。
「おつかれー、遅かったな」
健が私達に手を振る。部屋に入るなり森山くんと目があった。後ろめたい、私が原因なのに私から目をそらした。
皆はいつもの並びで森山くんの隣の席を開けた。
そこに座りなよと言わんばかりに見ている。
一瞬戸惑っていると、するりと春が隣に座った。
健は私達を見て少し首を傾げた。
私と美咲は端の空いているソファに座った。
裕二が歌い終わった森山くんに茶化すように言う。
「夫婦喧嘩ですか」
「そんなんじゃないし」
春は人懐っこい笑顔で森山くんの手元を覗き込んでいる。
「これ知ってる。面白いよね」
最近話題のアニメの話だ。
距離が近くて腕と身体が触れあっている。
ベタベタし過ぎ。森山くんも満更でもなさそうで、目に見えてデレデレしている。
もしかして、森山くんも春のことが好きなんじゃ。
春がトイレに行くと森山くんが呟いた。
「めっちゃいい匂いした」
「なんだよそれ」
四人が笑う。なんだか笑えない。
四時過ぎた頃に美咲が鞄を手に取った。
「お腹空いた。おやつ買ってくる、千尋も行く?」
「いいや」
すると、健と裕二が立ち上がる。
「俺、ジュースとポテチ欲しいから一緒に行く」
三人が出ていって、私達三人になった。
春はマイペースに私がまるでこの場にいないかのように、森山くんと話している。
見てられなくて、私はすっとドリンクバーに向かった。
ドリンクバーの前のカウンターで少し時間を潰した。
そろそろ美咲達も帰ってくる頃だろうと部屋に戻る。
何か入りにくい。中でぼそぼそと声がする。
「いや、そういうのは俺しないんだ」
何の話だろう。ったく、という声がした。
「いるんだろ、千尋」
バクバクと脈打つ心臓が痛い。もうばれている。
何のこともなかったようにしよう。
「わかってるんなら、扉あけてよ」
相変わらず二人はべったりしている。
すぐに三人が帰ってきて気まずい空気も打ち消された。
帰りにカフェに寄ることになった。
私はコーヒーフロートを頼んで先に席をとっていた。
コーヒーの上のクリームが溶けていく。
横の席の高校生の女の子二人の会話が聞こえる。
日差しの強い街道。ベビーカーに乗っている赤ちゃんが太陽を指している。
「なーあ、なぁって」
ふと見るとそこに顔があった。咄嗟に後ずさった。
「どうした。ずっと、ぼーっとして。
それに何だよその顔。俺の顔に何かついてる」
「いや」
私がそっぽを向くと、私の顔を両手で自分の方へ向けた。
「それにさ。最近、俺のこと避けてるやろ」
春と森山くんが付き合うなんて考えたこともなかった。
動転している。
いつも側にいるのは、助けてくれたのも、楽しかったのも森山くんだ。春は森山くんのこと本当に好きなのかな。
「何もないよ」
「嘘だって。最近俺のこと避けてるだろ。何か態度が変だし。俺何かした」
意識してしまう。わかっているのに。
「ごめん、本当に何もないから」
「気を使われると嫌だから、言いたいこと言ってくれ」
顔が火照るのを隠そうと顔を背けた。
なんだこれ、変な気分。これは、違うの。
「ほら、そこの二人。肝試し行くんでしょ、打ち合わせしないと」
森山くんの右隣はやっぱり春が陣取っていた。
「でさ、これってどっちのほうがいいかな。ねぇ聞いてる?」
美咲に肩を叩かれて我に返った。
「どうしたの、上の空で」
「んん、肝試し楽しみ」
美咲はいたずらっぽい笑顔で囁いた。
「私も健くんと肝試しで距離を縮めたいから、くじ引きお願いね」
そして、肝試しの予定を決めて解散した。
「じゃあ、また明日」
嫌でも森山くんとは途中まで一緒だ。
二人きりがこんなに気まずくなったのは初めてだ。
「屋上で言ってたこと、俺は気にしてないから」
「私は気にしてるから言ったんだよ。そろそろ私に気を遣わずに彼女作ったらいいんだって」
「だから、別に今はいらないんだって」
「春といい感じじゃん。春が森山くんのこと好きだって言ってたよ。お似合いだと思うけど」
じっと見つめ返されてどぎまぎする。
「本当に?」
黙って頷いた。
「そうか、考えておくよ」
考えておくって無理じゃないってことだ。
二人がうまく行って欲しいのに置いてけぼりの気分。
それからテスト週間に入り、三人で勉強会をするために教室に残った。
「あー、これ終わったら夏休みだ。肝試しとお祭り楽しみ」
「海も行きたいね」
「はぁ、早くテスト終わらないかな」
三人は黙々と勉強を進めた。
「ねぇ森山くんって勉強できるんだね」
「うん。頭悪くはないからね」
顔を上げると春は数学の教科書を片手に微笑んだ。
「この間、数学教えてもらったんだ」
「そう」
「教えるのすごい上手いよね。先生になるんだって」
昔は勉強を教えてもらった。一緒にテスト勉強もしていた。
「まぁ、そうだね」
「数学を教えてもらう時に、部屋に行きたいって言ったら初めは断られたけど、渋々了解してくれて森山くんの部屋に上がった。
結構、綺麗にしてるよね」
もうそこまでいったのか。私なんて意気地なしだ。
森山くんの家も知らない。
春のマウントともとれる。
「肝試しの日の翌日ってお祭りじゃん。浴衣着る?」
スマホの画面を見せてきた。
「これめっちゃ可愛い。この鞄を色違いで持たない?」
美咲が勉強そっちのけでスマホをいじりだした。
「美咲勉強しなくていいの」
「うん楽勝楽勝。ってのは嘘だけど。結構やばい」
春と森山くんが進んでる。
私だけ足踏みしてるんだ。
****
空が高くなって、赤い夕日が低い位置にいる。
「悠一、お前さ。中村のことどう思ってる」
「急になんだよ」
笑っている。馬鹿にするのも大概にしろ。
「真剣に聞いてるんだ。答えてくれ」
とうとうこの日が来たかと思った。
「別に、俺は…よくわからへん」
気付くと俺は声を荒げていた。
「お前なぁ、いつまで経っても振り子のようにグラグラしやがって。
お前の意思を聞きたいんだ。
ちゃんと言えよ、お前の口からちゃんとなぁ」
悠一は気圧されたのか、気まずそうに俯いた。
「…いや。別に友達だから、好きとかない」
「へぇ、そうか。俺は本気だからな」
机を挟んで拳を握りしめた。
「大体お前なぁ、幼なじみだからっていつまでも余裕こきやがって。
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