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今日はやけに積極的やな」
木々の間を歩くと、綺麗な湖に出た。
「どうして春じゃ駄目だったの。お似合いだったじゃん。
満更でもなさそうだし」
森山くんはため息をついた。
「やっぱり聞いてたんか」
見上げると森山くんは自分の前に立っていた。
座る私の前に屈むと同じ目線の高さになった。
彼の薄い唇が私の唇に落ちる。
ほんの数秒間息が止まった。
「それって俺は恋愛対象外だってこと。
俺じゃ駄目か、俺じゃ心の穴を埋めれないか」
「ちょっとまって、それって」
森山くんは春が好きだったんじゃないの。
「こんな時に卑怯だよな、 人の気持ちに付け込んで 。
先に皆のとこ帰るな。今のこと忘れて」
伸ばした手が空をかいた。
もしかして、私も森山くんのこと好きなんじゃ。
「ちょっと、置いてかないで」
迷子にならないように、慌てて後を追った。
****
髪型はおかしくないだろうか。
俺は何度も玄関の鏡を見た。
「お待たせ、中村」
待ち合わせの鳥居の前には浴衣姿の彼女がいた。
「裕二、じゃあ行こっか」
団子に髪を纏めていてうなじが見える。
「美味しそうで悩むね」
出店がたくさん。かき氷、綿菓子、から揚げ、林檎飴、チョコバナナ。
俺はそれどころではない。彼女の艶やかな姿に目を離せない。
「一緒にかき氷食べない?」
「うん」
おじさんにお金を渡して二本のスプーンをもらった。
「好きなシロップある?」
「ううん、裕二の好きなのでいいよ」
こういうところまで中村は優しい。
なんだか俺達はお似合いじゃないか。
ブルーハワイをかけ、スプーンで氷をすくって口に運んだ。
「うわー冷てぇ、頭キンキンする」
「確かに」と笑いあった。
中村は以外にも射的が上手かった。百発百中。
「中村が射的名人なの知らなかった。凄いよ」
「そんなことないよ。はい、私のとれたお菓子半分あげる。
裕二全部はずれだったもんね」
「ありがとう、大分恥ずかしい」
いいところを見せたかったけれど、逆に見せられたな。
大音量で設置されているスピーカーから流れ出した。
「間もなく、八時四十五分から毎年恒例の花火大会が始まります。今年も職人が手を奮った名作が勢揃い。
是非、東川河川敷までお越し下さい」
中村は今年が初めてだというのを知っているから説明をする。
「花火大会すごい綺麗なんだ。これは見ても絶対後悔しない。
あそこ、場所取り難しいからさ、早く行かないと駄目なんだ」
「そうなの。早く行かないと」
俺は手を取って駆け出した。
そして、見晴らしのよい河川敷を見つけた。
向こう岸はわいわいしてて、人がとても多い。
本当は手を繋ぐタイミングをずっと見計らっていた。
自然な仕草で手を掴めたか心配だ。
手の平に汗がかいてくる。
「あと一分」と呟いた。観客からカウントダウンがはじまる。
44…35…22…俺の心臓は高鳴っていた。
そのまま繋いだ手を離さずにいた。
カウントダウンはあと一秒になり、一瞬の静寂の中に色とりどりの花火が散り、少し焦げるにおいがする。
パーンと弾けるように紺色の空が彩られそして、また紺に戻る。
「綺麗。来てよかった」
「良かった。喜んでもらえて」
度々光って見える横顔が楽しそうで慌てて目を空に戻した。
花火は空に模様を描いていく。
「あれ、お花みたい、あれは熊?」
「違うよ、犬だって」
彼女が無邪気に指さした。
ポケットに入れていた携帯が震えた。
なにか通知がきたようだ。
好きな人とのデートなのに携帯なんて見られない。
しつこくくる通知に開いた内容を見て愕然とした。
ふと黙りこんだ俺を中村が覗き込んでいる。
口パクで「少し休まない?外に出よう」と言った。
人が密集しすぎて、正直息苦しかった。
そして、二人きりになりたかった。
一緒に少し離れた公園まで歩いた。
この町のどこからでも花火は見える。
公園のベンチから眺めた。
「飲み物買ってくるからここのベンチで待ってて」
二本コーラを買ってきた。
プルトップを開けると爽やかな炭酸が渇いた喉に流れこんでくる。
「ぷはー美味しい」
今日しかチャンスはもうない。
俺は聞こえるように耳元でこう言った。
「俺さ、中村のこと好きだ。返事はすぐじゃなくてもいいから、考えてみてほしい」
冷たいコーラが体を冷ますはずなのに手の熱でむしろコーラをぬるくしてる。彼女の瞳が綺麗に瞬きをした。
丁度花火が終わった頃だった。
「考えさせて、門限だから今日はこれで。ありがとう裕二。
楽しかったよ、バイバイ」
にこりと微笑み手を挙げた。
「返事待ってるから。じゃあ」
彼女がベンチを立ち去る背中に力無く笑った。
俺の声が届いてたらいいな。
悠一のような主役に取られてたまるか。
お祭りの人混みから離れると、ポツリと佇む人を見つけた。
「おっす」
彼女は上目遣いで見上げた。
「やっぱりあんたもなのね」
「うん。なんか飲む」
「うん」
自動販売機で飲み物を二本買ってきて渡す。
「言ったんだけど、考えさせてほしいってさ」
「え、千遥から返事はなかったの」
「山下が言ってたことと、違うじゃん。
即答えてくれると思ったんだけどな」
山下が俺の肩を叩いた。
「いや、あれはすぐに落ちるよ。
だって、カフェに行った時に裕二のこと気になるって言ってたもん」
「そうか。ラインのタイミング悪すぎ」
「しょうがないじゃん。私も、満喫してたんだから。
でも、私が今言えって言わなかったらタイミング逃してたわけじゃない?」
「そりゃ、そーだけどさ」
「あとは千遥の返事待つのみだね」
「あの後、呆気なく帰ってしまってさ。
そのまま出店に行って二人でお揃いのキーホルダー買って、神社の階段でたこ焼き食べるつもりだったのにな。
惜しい」
山下はさっきまでの浮かない顔から笑顔に戻った。
「何そのデートプラン。ダサいなー」
「ダサくないし」
「千遥ってさ、よくある純粋に見える男たらしじゃん。
なんで、皆あんなの好きになるかなー。
男って見る目ないんじゃないの」
肘で俺の脇腹を突いてくる。
「中村のこと悪く言うなよ。
一応俺はその大勢の中の一人なんだから。
お前だって、俺が中村を誘わなかったらお祭りは六人だったんだぞ。
二人きりになれたのは俺のおかげなんだから少しくらい感謝してくれても」
「ごめん、ごめん。そうだった。感謝してる」
「森山とはどうだったんだよ」
「ううん。言ったけど駄目だった。
だけど、まだ諦めてないから。森山くんはどうなのかな。
私の告白通じたかな」
山下は寂しそうに笑った。
チョークのついた手をパッパっとする仕草とかダサいジャージをたまに着てるとこは、今と変わらない。
「なぁ、ここだけどさ」
隣の席から腕が伸びてきた。
「うん」
「ここが右のグラフと交差して」
じっと見ているとふと笑い、顔を背けた。
「そんなに俺のこと好きなのかよ」
「馬鹿じゃないの」
いつものおふざけだと思って流した。
森山くんの携帯が震えた。
「おっす、今どこ。今からファーストフード行かないか。
こっちは山下さんと美咲がいる。千尋もそこにいるのか」
「おん。俺はいいわ。行ってき」
森山くんの髪が目の前で揺れる。
「あのあと、何も聞かなかったけど山下と話さなくていいのかよ。結構いい感じだったじゃん。
悠一もいいこだって言ってたし」
「いいよ別に」
「告白するって言ってたけど、断ったのか」
間髪を入れずにうんと言った。
「えぇ勿体ないことしたなぁ。スタイルいいし、顔可愛いし、家庭的だし優良物件だったのに」
「ほっとけっての、もう切るよ」
「お前も中村も来るだろ。待ってるから」
電話を切られた。
私は黙って荷物をまとめた。
「どこ行くんだよ。おい、待てって」
「先行ってるから」
あのキスは何だったんだろう。
何もなかったようになっている。
後ろを追う足音が響く。
階段を駆け下りると、踊り場で躓いた。
「ちょ、危ないっての」
曲がり角で行き先をふせがれた。顔があげられない。
「嫌いになったならそれでいいから。
俺と友達でいるのが嫌なら。ちゃんと言って。俺達の仲だろ」
少し低い声が額の上で聞こえる。
こんなに暑いのに太陽の光が遮られて、影が被さって来る。
数秒間の沈黙を破り声を出した。
「嫌だよ。友達なんて嫌だ、私は春と森山くんのこと応援出来ないの」
彼は目をそらすと頬を赤らめた。
「それって」
「私、森山くんが好きなの。森山くんと先に進みたい」
「どんだけ俺の心乱したら気が済むんだよ」
距離が近づき、後ろにさがると背中が壁に当たる。
「俺もだ。本当にヤキモキさせられて。
彼氏の話を毎日聞かされてどんだけ辛かったか」
なんてことしてたんだろう。一番近くにいたのに。
酷いことしてた。
「それと、太陽は寂しくない。
必ず自分のあとに月が追いかけてくれるから。
俺はずっと千尋を追いかけてた。
もっとも、お前は男友達だとしか思ってなかったみたいだけど。ちゃんと言う。俺と付き合って下さい」
私が頷くと、頬に手がふれる。
「先に進んでいいんだな。
そのかわり、倍速で今までの分を取り戻す。今日は母さん5時まで帰ってこない。どういう意味か分かる」
どういう意味か理解した。
「いや、ちょっと待って」
急激に体温が上昇する。顔が紅潮して顔を見られない。
「待てない。本当に嫌ならやめるけど」
目も合わせられずそのまま家に向かう。
部屋に入るとベッドに押し倒された。
いつも優しく笑う森山くんが牙を剥いた気がした。
私に唇を押し付けると息継ぎの間もないくらいにすぐに二回目がきた。優しい、温かさ。
「元彼とは何度もしていると思うけど。
まさか、初めてじゃないよな」
少し意地悪に笑う。背中に手を回され。
「いきなりなんて。恥ずかしい」
「大丈夫。俺も初めてじゃない。焦らしたのは千尋だろ」
鎖骨辺りに舌が這う。
「あとをつけてもいいよな。今日からは友達じゃない、彼氏だよ」
「やっぱりこういうのは、もう少しステップを踏んでからにしよう」
押し返すと森山くんは額の汗を拭った。
「確かに。まだデートもしてないし」
そういうと起き上がって私を起こした。
「じゃあ、近いうちに」
頬に口づけると飲み物を取りにキッチンに向かった。
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