第二章 調合

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「勉強と修行の両立なんて大変でしょ」 唐突に、話題がこれまでの琉球ガラスから理久自身に変わる。理久は慌てて背筋を伸ばした。 「えっと……高校には行ってません。中学を卒業してすぐ、叔父さんがここに来るように言ってくれて」 「へえ、そうなんだ! すごいねえ!」 職人や芸の世界では、技術を身に付けるなら若いほど良い。様々な芸術の世界に触れる義史はそんなことを言った。 「うち、母子家庭で、あんまり余裕ないんです」 理久が事情を話すが、 「ふーん」 返ってきたのはあまり気のない返事だった。薄く色の付いた眼鏡を再び額に上げ、中腰になり、棚に並んだ作品を見ながらの態度に変わりはない。 それから義史は首をひねり、理久の方を向くと、 「この辺の暮らしは地元の人から見てどう? 楽しい?」 先程までとはまた違った、人懐っこい笑みを見せて訊ねた。 「普通です」 十七歳の理久にとっては、今ある生活と、これまで過ごしてきた時間がすべてだ。高校がどんな場所なのかも詳しくは知らず、まして他の地域に住んだ経験もない。 だが義史は、羨ましいなあ、と言って姿勢を上げ、棚に沿ってゆっくりと部屋の奥へ歩き出した。 「おじさんね、いずれ沖縄に住みたいと思ってるんだ」 沖縄に来るのは今回で七度目だと言う。将来的にはフリーランスライターとして独立し、沖縄に移住するのが目標らしい。 「何も無い所ですよね」 「そんな事ないよ。素敵な物で溢れてるじゃない。時間の流れもゆっくりだし、ウチナータイムっていうの?」 義史は眼鏡を掛け直すと、空気を感じるように腕を広げた。部屋の空調に流れるのは、南国の香りなどではなく、建材に用いられるセメントの乾いたにおいだ。
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