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第三章 攪拌
台風の季節もそろそろ明けようかというその日、外は朝から雨が降り、雷が鳴っていた。
通り沿いに建つ〈大城硝子〉の前に、一台のタクシーが停まる。観光用の貸切タクシーでないのは一目瞭然、工房は定休日だ。正面玄関のガラス戸も開放されていない。
タクシーを降りた客は急ぎ足で建物の裏口へと回り、アルミ戸を開けて中へ飛び込んだ。
「いやあ、参った参った! これでも晴れ男なんですけ、ど……」
入って来たのは、義史だった。
音を聞き付けて事務所から出てきた理久の姿を認めると、彼の方が意外そうな顔を見せる。
「あらら? 理久くんじゃない?」
悪天候だと言うのに、先日と同じく薄色のサングラスを掛けていた。派手な柄のかりゆしウェアの下に、薄手の白い七分袖シャツを重ねている。
「こんちは」
理久は口の中で小さく言い、軽く頭を下げた。
「やっぱり! あ、じゃあそこにあったバイク、理久くんのなんだ」
一方で義史は大袈裟なほど嬉しそうに、入ってきた扉越しに外を指した。戸の上半分は型ガラス張りになっており、理久から見ると、弱い外光に人影が浮かんでいるようだ。
「はあ。ここのにーにに貰った物で」
周囲の勧めもあり、理久は十六の誕生日を迎えてすぐ、原付二種の運転免許を取得していた。その際、同じ工房で働く玉城祐介から譲り受けたのだ。
裕介は大城硝子で働く唯一の二十代で、一度本州の大学に進学し、沖縄に戻ってきた職人見習いである。受付のひさ子と直接的な血縁関係はなく、偶然苗字同じであるに過ぎない。だが、この工房の面々はまるで家族のように仲が良いと話しており、理久に自身がそれまで乗っていた原動付き自転車を譲った。
靖が立ち上げた頃から、大城硝子の雰囲気は変わっていないと、ベテランの職人たちは口を揃える。それが、いくつかの工房を転々とした裕介にとっても、居心地が良いらしかった。
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