第三章 攪拌

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伝票整理を終えた理久が作業場に向かうと、義史は入口に背中を向ける形で客用の椅子に座り、膝の上で小さなノートパソコンを広げていた。 「うわ! いつの間に!」 傍に歩み寄った理久に気付いた義史は大袈裟なほど驚いてから、 「終わったのかな? お疲れさまあ」 と、労いの言葉をかけ、ノートパソコンを閉じた。 理久は軽く頭を下げるように頷き、作業場を見回す。 「何ば説明しますか?」 薄暗く肌寒い従業員用の廊下と違い、作業場には熱気と湿気が籠っていた。昨日の夜から開けられていないシャッターを、雨が叩き、強い風が揺らす音がする。金属が擦れ合ってギーギーと鳴るのも耳障りだった。 「まずは炉の使い方とか聞いておきたいなあ。人がいる時だと邪魔になっちゃうから、このタイミングでざっくり説明してくれると」 義史がひょいと立ち上がった拍子に、先程の香りがした。理久は半歩後ずさる。思わず近付きたくなってしまうのを堪えたのだ。彼の香りには、惹き付けられるような、十七歳の知らない何かがあった。 そんな動きにも気付かない様子で、義史はカメラを携えて歩き出す。理久は唇を引き結び、その後を追った。 「あと、あれは何に使うの?」 振り向いた義史が指差したのは、ドラム缶の上にパイプを渡したような設備だ。理久はそれを見遣って答える。 「あれは吹き竿を冷やすのに使いますね」 パイプには水を放つための小さな穴が複数あり、ドラム缶の中に落ちた水は下に繋がったポンプによって循環する仕組みになっている。 「なるほど! 熱くて持てなくなるから! 確かに必要だなあ」 義史は納得したように結論付けると、首に掛けたカメラではなく、尻ポケットから取り出したスマートフォンで写真を撮影した。
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