第三章 攪拌

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「ちょっと、ごめんね」 窯の前に立って説明を聞いていた義史が突然、説明を遮った。 「(あっつ)い……」 小声でこぼしながら一度眼鏡を外し、袖で目元を拭う。フレーム越しではない顔立ちは、先程までよりややはっきりとして、若く見えるようだった。理久はそれを、じっと見ていた。 「窯って、ずっと火、ついてるんだね。そりゃそうか」 軽い調子で言いながら、眼鏡を掛け直す。直前に、理久は視線を窯へと戻した。隠されているものを盗み見ているような気分だった。 「火は基本的に落とさないですね。窯を新しくする時か、年末年始に中のガラスとかチリ、こぼして、掃除して。換気扇もずっと回しっ放しで──」 そう言いながら、天井で回転を続けているシーリングファンを指差した瞬間、ビシャーン! と一際大きな雷鳴が響いた。近くの避雷針に落ちたらしい。 雨足も急に強まり、スチールシャッターだけでなく、トタン屋根を打つ音が大きく聞こえるようになった。ゴウゴウ、ビュウビュウと風が唸る。 二人は思わず顔を見合わせた。 「これ、結構やばいかも?」 先に言ったのは義史だった。 「だからよー」 理久も短く同調した。 今度は天井に渡された白熱灯の光がちらつく。外ではプラスチック製バケツが風に飛ばされ、転がる音がした。 沖縄の市街地に建つマンションに、ベランダの柵に穴があいているデザインが多数見られるのは、台風対策の一環である。強過ぎる風の力を受け止めず、逃がすためだ。床にも小さな穴をあけ、エアコンの室外機をビスで打ち付けて、固定している。 軽自動車さえ吹き飛ばされる事があり、有事の際は重りを積んで走行する。大型とはいえ自転車と名のつく二輪車に、理久一人が乗ってこの悪天候の中を帰るのは危険が伴うだろう。
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