第四章 加熱

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第四章 加熱

雨足が弱まるのを待つ間、二人は工房の事務所で過ごした。 給湯室や休憩室も兼ねるその部屋は、廊下とは違い、濃い茶色のフロアタイルが敷かれ、白い壁紙が貼られている。仕切りはないが、入って左側のデスクを置いた事務作業スペースと、右側のシンクや食器棚、冷蔵庫といった生活スペースに分かれており、一角には小上がりの畳も設置されていた。 畳の中央に大きな座卓、壁沿いにはテレビ台を兼ねた箪笥、その上にテレビと数日分の新聞、小さなシーサーが並んでいる。 畳の奥の押し入れには数組の布団の用意があり、座卓を上げて、工房に泊まり込む事もできるようになっている。 「ゆっくりしててください」 「じゃ、お言葉に甘えて」 理久が促すと、義史はさっそく島草履を脱ぎ、畳に上がった。 カメラと眼鏡を外して座卓に置くなり、腕を伸ばしてごろりと横になる。壁に掛けられた飾りからカレンダーの写真に至るまでをひと通り見回し、超落ち着く、と満足そうに呟いた。それを、無機質な昼光色の蛍光灯が、天井から照らしていた。 近代的とも言える建築デザインの外観に対して、この小上がりの畳も、そこでくつろぐという感覚も、若い理久にとっては馴染みのないものだった。普段、遥かに年上の職人たちがするのと同じように都会から来た義史がしているのは、何とも不釣り合いなようでいて、自然でもあった。 理久はシンクと冷蔵庫と食器棚の間を回って、二人分の茶を用意しながら、ふと窓の外を見た。かなり暗く、目隠しのための植え込みは風に煽られてバサバサと鳴っている。 食器棚の下を開けると、バスケットに入れられた大量のタンナファクルーがあった。一袋につき十一個入りで、透明の包装に黄色のロゴの入った市販品だ。 大城硝子において、定休日の清掃当番は交代制だが、冷蔵庫に常備してあるさんぴん茶を作ったり、茶菓子を買って来たりするのは、事務員の玉城ひさ子の役割だった。甘い物に目がない彼女の選択は工房の文化の一部であり、共有スペースにある名前の書かれていない物は、誰でも飲食してよい事になっている。
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