第二章 調合

2/9
前へ
/89ページ
次へ
理久は設備や内装について、必要最低限の説明をするのみだった。 「ここが、お客さんの出来上がりを置いておく部屋です。僕らの……売り物と一緒ならないように」 部屋のアルミ戸の前に立ち、後ろをついて来る義史の顔を見上げる。細身から中肉中背といった印象だが、成長期真っ只中の理久に比べると、背は五センチばかり高かった。 「なるほど。他の人が気に入って買っちゃったら大変だもんね。めちゃくちゃセンスが良いお客さんがいたりしてさ」 義史は常に冗談交じりに話し続けており、それに対して理久は、 「はあ」 と曖昧に返す事しかできなかった。軽妙な話しぶりは、返答を求めているのか否かが曖昧であった。 「…………」 不意に沈黙すると、後ろに立ったまま、理久の次の動きを待つ義史が聞き返す。 「ん?」 この工房を訪れてから、彼が口を閉じたのは初めてと言っても過言ではなかった。口角の上がった口元には短く整えられた髭があり、顎の下では喉仏が一つ動く。 理久はそこから視線を逸らし、短く訊ねる。 「中、見ますか?」 「いいの? 是非」 その言葉を求めていたと言わんばかりに答えた声は、理久のものよりやや低かった。 工房の体験教室では最も一般的なグラスのほか、花瓶や器を受注する事もあった。歪みが出ないよう、摂氏六百度の徐冷窯の中で丸一日かけて熱を取られた作品は、水洗いされた後、この部屋に集められ、梱包や発送などの手続きを待つ。 狭い部屋には木製の棚が二台とテーブルが二脚置かれ、間隔をあけて作品が並んでいる。展示目的ではないため陳列の仕方は雑多だが、色とりどりのガラスは高い窓からの光を取り込み、溢れそうな輝きを放っていた。テーブルに落ちた影にすら、薄らと色がついている。
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加