リリー・ザ・マジカルボーイ

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リリー・ザ・マジカルボーイ

 夜、行き交う人も少ない街の一角にあるコンビニの非常ランプが赤い光を放って回っている。  それを確認した僕はコンビニのドアを勢いよく開けて中へと入る。すると、中では目出し帽を被って刃物を持った男がレジの中にいる店員さんに向かって金を出せと詰め寄っているところだった。  僕に気がついた男がこちらを見て、声を上げながら刃物をこちらに向ける。僕はすかさず手を頭上に掲げて虚空から身の丈ほどもあるまち針を出現させ、それを男の胸に突き刺す。男は声も出せず、その場で完全に動きを止めた。  その一部始終を見ていた店員さんが、驚きと安堵の混じった声で僕の名前を呼ぶ。 「ああ、ヌヴォワール・リリーが来てくれた……!」  僕は仮面代わりに巻いている、目の部分だけ開いたリボン越しににこりと笑って店員さんに手を振る。それから右手を下から上に振って、身の丈半分ほどある青いリボンのロールを出す。そのリボンで動けなくなっている男の手足をしっかりと縛り付けてまち針を抜く。男の胸から抜いたまち針は瞬く間に消え去り、男の胸にはまち針が刺さっていた痕跡は残っていない。あのまち針は、対象の動きを仮止めするだけの、僕がよく使う魔法の道具だ。  リボンで巻かれてじたばたする男を足で押さえつけながら店員さんに声を掛ける。 「すいません、警察を呼んでもらえますか? この人を引き渡さないといけないので」 「あっ、はい、もちろんです!」  店員さんがバックヤードに入って電話をしているあいだ、男の側から刃物を蹴って壁際へと離してから、店内をぐるりと見て回る。男と店員さんと僕以外には誰もいない。  それを確認してから、今度はいったん外に出てコンビニ前の駐車場を確認する。駐車している車は一台。この中に男の仲間がいないかどうかを見てみると、なにやら物騒ななにやらが後部座席に色々と積まれているけれども、他に誰かが乗っている気配はない。どうやらあの男ひとりでこのコンビニに強盗に入る準備をしてこの車で来たようだった。  共犯者がいないことを確認してから、もう一度コンビニの中に戻る。男はもう抵抗するのを諦めてぐったりとしていた。  男の側に寄って、ぐるりと天井付近を見渡す。すると、レジの方を向いている防犯カメラを見つけたので、防犯カメラに向かってにっこり笑って手を振る。これはただ記念にやっているのではなく、ニュースなどで防犯カメラの映像が公開された時に、こうやって僕が見ているということをアピールすることによって、不届きなことを考えるやつらの抑止力になるようにしているのだ。  そうしている間にも店員さんは警察への通報を終えたらしく、バックヤードから出て来て不安そうな声で僕に言う。 「あの……警察が来るまで一緒にいてくれませんか?」  強盗に入られたコンビニの店員さんは、大体いつもこういったお願いをしてくる。それはそうだろう。自分の命を奪われるかもしれないという場面に出くわして、平静でいられる人の方が少ないだろう。たまにいるけど。  それに、縛り上げているとはいえ、男はまだそこにいるのだ。いつ拘束を解いて暴れ出すかはわからない。それだと、男を押さえつける術を持っている、魔法少年の僕がここにいた方が安心だろう。  これからもうしばらく、この街のパトロールをしないといけないのはそうなのだけれど。と、外をちらりと見てから、店員さんに向かってにこりと笑ってこう返す。 「もちろんです。 まだなにがあるかわかりませんし、強盗犯とふたりきりはこわいでしょう。 警察が来るまで僕も一緒にいますよ」 「ありがとうございます! ああ、これで安心だ……」  店員さんはやっと緊張が解けたのか、レジカウンターにくずおれて鼻を啜っている。  そうだよなぁ。警察に通報するっていうのもそうそうする経験じゃないし、緊張感の高い慣れないことを立て続けに経験しているのだ。こうなるのはしかたがない。  ふと、店員さんが顔を上げて僕をじっと見てつぶやく。 「……やっぱかわいいな」  そのつぶやきに、僕は曖昧な笑みを浮かべる。顔は長くて太いリボンで隠しているのでわからないだろうけれど、服装がかわいい自覚はある。大きめのセーラーカラーのブラウスに、膝丈で絞ったキュロット、それにクルーソックスをソックスガーターで留めていて、頭にはミニハットを乗せている。  この服装のせいだろうか、僕が魔法少年ヌヴォワール・リリーとして活動をはじめた当初は魔法少年だということ自体ではなく、本当に男なのかということで物議を醸していたようだ。わからないでもない。  店員さんがどういう感情かわからない溜息をついている間にも、外からサイレンの音が聞こえてきた。警察が来たようだった。  武装した警察官がコンビニの中に入ってくると、店員さんはまた緊張した表情になったけれども、詳しい事情の説明は店員さんに任せることにして、僕は警察官に軽く挨拶をしてコンビニを出る。 「ヌヴォワール・リリーさん、お疲れさまです!」  警察官の挨拶に手を振ってから、僕は両手を合わせてからぱっと開き、身長ほどの長さで手のひらほどの幅がある竹尺をだしてそれの真ん中辺りに腰掛ける。 「あとはよろしくお願いします」  そう警察官に言葉を残して、竹尺に乗って空を飛ぶ。  空を飛んでいると、夜の中に光る街の明かりが足下に広がる。  これだけを見ているときれいだなといつも思うけれども、この明かりの中に紛れて、いつどんな犯罪が起こっているかは予測できない。  僕はこの街で産まれてこの街で育った。それなのに、魔法少年ヌヴォワール・リリーになるまでは、こんなに犯罪や危険なことが蔓延っているなんて少しも知らなかった。  自分の住んでいる街は安心で安全なんだって、信じて疑っていなかった。  そう。僕が魔法少年になる前も、他の魔法少女や魔法少年がいて街を守ってくれていたから、それで全部解決していると思っていたのだ。  でも、現実は違う。この街全てを守るなんて、僕ひとりでは絶対に無理だと身に染みている。  それでも、僕には守りたいものがあるんだ。
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