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コンビニ強盗を締め上げた翌日、いつも通りに学校へ行く。
もちろん、学校に行く時は一般市民として行っている。一応、僕の本分は学生なので。
午前中の授業が終わってお昼休み。お弁当を食べていると、数人で固まってお弁当を食べている女子が随分と盛り上がっていた。
「ねえ、昨夜ヌヴォワール・リリーがコンビニ強盗をやっつけたんだって!」
「聞いた聞いた!
やっぱりかっこいいよね!
私も会ってみたいなー」
僕がヌヴォワール・リリーとして事件を解決した後、こうやって噂になることは珍しくない。新聞の地域版にすら載らないような細かいことも対応はしているけれども、強盗とか大きめの事件になると、新聞の地域版どころか朝のニュースに登場することもあるからだ。
魔法少年や魔法少女がニュースで取り上げられることは少なくない。特に、東京の魔法少女なんかは全国ニュースでも取り上げられがちなのでみんな知っているという状態だ。
全国に点在する魔法少女や魔法少年は、それぞれに子供や一部大人の憧れを身に受けている。僕なんかはそこまで憧れの圧を感じていないけれども、東京の魔法少女は感じる圧の度合いが比べものにならないだろうなと時々思う。
だって、僕ですらこうなんだから。
「ヌヴォワール・リリーって絶対美少年だよね!」
「そうだよー、だってあんなにかわいい格好してるんだもん」
活躍に対して期待されるのは別に良いのだけれど、顔面に対する過剰な期待は流石にきつい。
思わず神妙な気持ちになりながらお弁当のミックスベジタブル入りハンバーグを囓っていると、なぜかよく絡んでくる柄の悪い男子が僕に話しかけてくる。
「なんだよ、あんなに盛り上がって。
魔法少年だかなんだか知らないけど、くだらないよなぁ?
百合ヶ丘もそう思わねえ?」
僕はなにも返さない。相手にしても面倒なだけだからだ。
でもまぁ、こいつがヌヴォワール・リリーのことをよく思わない理由もわからなくはない。普段から煙草を吸ったりだとか授業をサボったりだとか、あとは夜間コンビニでたむろしたりだとかと、どちらかというと不良よりなので、正義の味方ということになっているヌヴォワール・リリーは気に入らないだろう。
「大体、ヌヴォワール・リリーって男のくせにあんな女々しい格好してさ。
恥ずかしくないのか?」
知らないとはいえ、それを本人に言うかとすこし呆れてしまう。別に、服装なんて実際の活動にはほとんど関係ないのに。
僕が黙ってお弁当を食べながら男子の話を聞いていると、その友人達も話に乗ってきて色々と口を出す。
「あんな女みたいな男がなんかできるとは思えないよなぁ」
「どうせ今までニュースになったやつだってやらせだろ」
「もっと男らしい格好なら説得力あるのにな。
どうせ噂になりたいだけの目立ちたがり屋じゃねぇの?」
好き勝手言われているのを聞いて、正直言えば腹が立つ。僕がヌヴォワール・リリーとして何度も危険な目に遭っているのをこいつらは知りもしないで、安全なところからぬくぬくと文句だけを言う。随分と立派なご身分だなと思う。
男子たちは好き勝手さわいだ挙げ句にこう言う。
「でも、正義の魔法少年なんて、いるだけ面倒だよなー」
「そうだよな。あんなえらそうにしてさ」
「あんなのと関わり合いたくないよ」
関わりたくないという割には僕には絡んでくるんだな。
まぁ、こいつらはヌヴォワール・リリーの正体なんて知りもしないし、知らせる気もない。未来永劫知ることはないだろう。
できれば僕もこいつらとは関わり合いになりたくない。なのに絡んでくる理由はほんとうにわからないのだけれど、たぶん、僕が普段ひとりでいるから当たり散らすのには丁度いいのだろう。迷惑だけれど。
うんざりしながらお弁当を食べていると、おいしいはずのお弁当がだんだんおいしくなくなってきた。
せっかく今日のお弁当はお姉ちゃんが作ってくれていて楽しみにしていたのに。こんなくだらない話を聞かされてお姉ちゃんのお弁当をちゃんと味わえないのはわりと本気で腹が立つ。
ふと、ヌヴォワール・リリーのことで盛り上がりながらお弁当を食べていた女子の話が聞こえてくる。
「そうだよねー!
ヌヴォワール・リリーはあのお人形みたいな格好もかわいいよね!
あんなセンスの弟とかいたらかわいいだろうなぁ」
それを聞いて思わず口元が緩む。
ヌヴォワール・リリーがあんなにかわいい服を着ているのには理由がある。
僕がヌヴォワール・リリーとして活動をはじめるにあたって、どんな服装にするかという希望を取られたのだけれども、僕は迷わず典型的な美少年をイメージするようなデザインの服を提案した。
僕個人の好みで言えば、もう少しスタイリッシュでかっこいい服装もいいなと思ったのだけれども、なんせ僕のお姉ちゃんは美少年が好きだ。せっかく魔法少年としてメディアに出る可能性があるのなら、すこしでもお姉ちゃんに気に入ってもらおうと、ガワだけでも美少年に寄せたのだ。
もっとも、いくら服装を美少年に寄せたと言っても、元の顔ばっかりは変えられないし、顔を丸出しにして身バレするのも面倒なことになりそうだったので、目のまわりにリボンを巻いているのだけれども。
ふと、いつかのニュースで見た茨城の魔法少女を思い出す。あの魔法少女は地域のふれあいイベントに出たりしているにもかかわらず、まともに顔を隠すということもなく、普段から眼鏡を掛けているのかどうかはわからないけれど、色眼鏡をかけただけで人前に堂々と出ていた。
色眼鏡も含めて全体的にスタイリッシュなあの風貌はさすがにかっこいいし、ほぼほぼ顔丸出しの状態で魔法少女として人前に出る度胸もすごい。自分も魔法少年であるにもかかわらず、あの魔法少女には憧れてしまう。一度でもいいから、実際に会ってみたいものだ。
きっと、あの魔法少女は自分がかわいい自覚があるんだろうな。僕もあれくらい顔面偏差値が高ければ、堂々と顔を出せただろうか。 せめて、魔法少年になってる時だけでも顔がよくなれば、お姉ちゃんももっとよろこんでくれたかも。
そうは思うけれども、魔法少年としての活動と顔の造作は関係がない。僕は今のスタイルでとりあえずやっていこう。
あ、でも、お肌の手入れすれば少しはましになるかな……
そんなことを考えているうちに、食べているお弁当がおいしくなってきた。やっぱりお姉ちゃんのお弁当はすごいし、お姉ちゃんのことを考えるとテンションが上がる。
そんな大好きなお姉ちゃんがこの街を守るために、僕は今夜もパトロールに出ないといけないんだろうな。そう思いながら、今夜はどうするかという話をしている男子を見る。あいつらも夜にあちこちで歩いてるからなぁ。
そんな懸念を抱えつつパトロールに出て、こっそり帰ってくると、たまに部屋の中から反応がなかったってお姉ちゃんが心配してくれたりするけど、ほんとうのことは話せない。
でも、そんなふうにお姉ちゃんが心配してくれるのはうれしい。きっと、お姉ちゃんも僕のことが好きなんだ。
そう思うと、思わず口元が緩んだ。
僕も、お姉ちゃんが大好きだよ。
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