リリー・ザ・マジカルボーイ

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 学校が終わって家に帰ると、珍しく早く帰ってきていたお姉ちゃんがリビングで新聞の地方版を読んでいる。 「ただいま」  僕がそう声を掛けると、お姉ちゃんはうれしそうに顔を上げて新聞を見せる。 「ねぇ、昨夜ヌヴォワール・リリー君が強盗からコンビニ店員さんを守ったってニュース、シンは知ってる?」  やっぱり、お姉ちゃんもその話がしたかったのか。  僕に話しかけてくるお姉ちゃんに、にっこりと笑って返す。 「知ってるよ。今日学校で噂になってたもん」 「そうだよねー。やっぱなるよねー。 あー……ヌヴォワール・リリー君かっこかわいい……」  お姉ちゃんがヌヴォワール・リリーのことをべた褒めするのを聞いて、顔が緩むのを必死でおさえる。そう、お姉ちゃんはヌヴォワール・リリーの熱心なファンなのだ。 「私もヌヴォワール・リリー君に会ってみたいなぁ。 絶対実物は写真よりかわいいと思うんだよね。 茨城みたいにふれあいイベントないのかな」  正直言って、今の仕事量でふれあいイベントまでこなせる気はしない。  でも、お姉ちゃん。ヌヴォワール・リリーはいつだって側にいるよ。今だって目の前にいるんだから。と、言いたいところだけれども、言うわけにはいかない。それに、僕がヌヴォワール・リリーだと知られて、万が一がっかりされたらと思うとそれもこわい。  ふと、お姉ちゃんが僕のことをじっと見て、手を叩いてこう言った。 「ねぇ、シンがヌヴォワール・リリー君と同じ服着たらそれっぽくならない? え? すごいなりそうじゃん!」  え? お姉ちゃんは僕がヌヴォワール・リリーなのもやぶさかではないの?  驚きとうれしさで上手く表情を出せないでいると、お姉ちゃんはうれしそうに言葉を続ける。 「シンも結構かわいい顔してるしいけるんじゃない? お父さんに服作って貰おうかな?」 「いやいやいや、お姉ちゃん、ヌヴォワール・リリーって顔隠してるじゃん。 顔の作りはあまり関係ないと思うよぉ」  お姉ちゃんにかわいいと言われて思わず動転する。いや、僕そんなにかわいい顔でもないと思うけど。でも、お姉ちゃんにかわいいと言われるのはうれしい。つまり、お姉ちゃんは僕が隣を歩いていても全然恥ずかしくない……ってコト? うれしい!  おもわず頭が沸騰しそうになっている僕に、お姉ちゃんはまた僕に力説する。 「でも、ヌヴォワール・リリー君はあんなかわいい服を堂々と着てるんだもん。 あれが似合うって確信があるくらいかわいい顔してる自覚があるんだよ! ああ……いいな、美少年……」  うっとりとそう言うお姉ちゃん言葉を否定できないし、否定する必要もない。だから、僕はにっこりと笑ってお姉ちゃんに言う。 「そうだね、きっとお姉ちゃん好みの美少年だよ」 「やっぱりそう思う? ああ~、お近づきになりたいなぁ」  それにしても、お姉ちゃんの好みかどうかはわからないけれど、お姉ちゃんのお眼鏡に適うほど僕はかわいい顔をしているのだろうか。普段鏡で見てもそのあたりはさっぱりわからない。慣れてるからなのか、童顔だということ以外に特に特徴がないからなのか。  ふと、頬と顎まわりを撫でる。僕ももう高校生なのに、他の男子みたいにあまりヒゲが濃くない。結構つるっとしている。それでも毎日手入れはしているけれど、これがかわいいポイントだろうか。  そんな疑問はあるけれど、お姉ちゃんがヌヴォワール・リリーと僕のことをかわいいと言ってくれるならそれでいいし、十分にうれしい。お姉ちゃんが満足することが、僕にとって一番大事なことなのだから。  このままお姉ちゃんと話していたいけれど、とりあえず制服から着替えよう。詰め襟の制服はなんとなく息苦しい。服の構造の関係もあるのだろうけれど、それ以上に学校で投げかけられるヌヴォワール・リリーに対する揶揄が染みついているように感じられるのだろう。  キッチンにある冷蔵庫から炭酸水を出してコップ一杯分を飲んでから、コップを洗ってかたづけて自分の部屋に行く。  部屋に入って鞄をベッドの上に置いてから制服を脱ぐ。それから着替えたのはスウェットの上下。僕が普段部屋着にしているものだ。  この格好は楽だけど、ヌヴォワール・リリーが普段はこんな格好だってお姉ちゃんが知ったらどうなるんだろう。さすがに幻滅するかな……  そんなことを考えながら、ベッドの上から鞄を拾って中身を確認する。授業中に解き終わらなかった問題を宿題として出されているけれども、授業中に全部解き終わっているので僕の分の宿題はない。  けれども、ノートに配られたプリントが乱雑に挟まっているので、プリントの四方の余白を定規とカッターを使って5ミリずつ切り落としてノートに糊で貼る。このプリントの処理は、学校でプリントが配られた時に学校から帰ってきて必ずやることだ。  プリントの処理が終わって、ベッドの上に転がる。ヌヴォワール・リリーとしての活動と学校でのこととで疲れているのかぼんやりする。  そんなぼんやりした中で浮かんできたのは、うれしそうにヌヴォワール・リリーの話をするお姉ちゃんのことだった。  すっかりヌヴォワール・リリーのファンになってしまっているお姉ちゃんを思い出して顔がにやける。  お姉ちゃんはヌヴォワール・リリーに会いたいって言っていたけれど、僕もヌヴォワール・リリーとしてお姉ちゃんの前に行きたい。そうしたら、お姉ちゃんはきっとよろこんでくれるんだろうなぁ。  ヌヴォワール・リリーとしてお姉ちゃんの前に現れることを想像していると、どんどん妄想が膨らんでいく。  悪いやつから守ってあげたりとか、困ってるところを助けてあげたりとか、いいところをいっぱい見せて、そうしたら、そうしたらお姉ちゃんの恋人になれるかもしれない。  ほんとうは僕本人のまま恋人になれるのが一番良いけれど、お姉ちゃんとしてはいきなりそれは抵抗があるだろう。  でも、ヌヴォワール・リリーを恋人としてお姉ちゃんが惚れ込んだら一緒にデートなんてできるかもなんて考える。  お姉ちゃんと恋人同士……考えただけでテンションが上がる。 「んんん……お姉ちゃんだいすきだよぉ……」  枕を抱えてゴロゴロしながら色々と妄想してにやついていたけれども、ふと我に返る。  いけない。職権乱用なんてだめだ。それに、一般市民には正体を隠さないと。  天井を見て頬を叩いて意識をしっかりと持つ。  そう、お姉ちゃんが好きなのは、正義の味方でみんなを悪いやつから助ける、魔法少年としてのヌヴォワール・リリーなんだ。だから下心丸出しでお姉ちゃんの前に出ても嫌われるだけだろう。  それに思い至って、すこしだけ冷静になれた。  大好きなお姉ちゃんの期待を裏切ることはしたくない。意識をしっかりと持たないと。  そうは思ってもお姉ちゃんのことが頭から離れない。  お姉ちゃんはまだリビングにいるかな?  いるみたいならもう少し話したいな。  部屋から出てリビングに行くと、お姉ちゃんはまだ新聞の地方版を見ていた。みているというか、ハサミを入れて切り取っている。  あの新聞は朝刊だから、切っていいかどうかお母さんに訊いて許可をもらったのだろう。  かなりこまめにヌヴォワール・リリーの記事をスクラップしているお姉ちゃんを見てついにやにやしてしまう。 「お姉ちゃん、スクラップだいぶたまったんじゃない?」  僕がそう訊ねると、お姉ちゃんはうれしそうに返す。 「スクラップ帳がもうすぐいっぱいになりそう。 もう一冊くらいいっぱいになるくらい、ヌヴォワール・リリーが活躍してくれないかなぁ」  ヌヴォワール・リリーが活躍するということは、その分事件が起こるということなのだけれど、それは……?  とは思いつつ、お姉ちゃんがヌヴォワール・リリーの活躍を楽しみにしてくれるのはうれしい。それだけで頑張ろうという気になる。  でも、事件がもっと減って、もっと余裕ができて、ふれあいイベントなんて自治体が企画してくれるようになったら、それが一番良いのだけれど。
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