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しばらくリビングでお姉ちゃんと話している間に夕飯の時間になって、家族みんなでごはんを食べた。ごはんの後はお姉ちゃんがいちばんにお風呂に入って、そのあと他の家族がお風呂に入るのだけれど、僕はいつも家族の一番最後、寝る前にお風呂に入るようにしている。なぜなら、お風呂の前にやってしまわないといけないことがあるからだ。
夕飯後、部屋に戻ってドアの鍵をかける。僕の家族が鍵を破って強引に部屋に入ってくるタイプのひとじゃなくてよかったと思う。
いつも目立たないように髪に着けている、ちいさな花のモチーフのヘアピンに手を当てて口の中で小さく呟く。すると、眩しい光が僕の身体を包んでヌヴォワール・リリーへと変身した。
変身すると靴も付属するので、部屋の中で土足はいかがなものかと思うけれど仕方がない。
両手を胸の前で合わせてから腕を広げ、大きな竹尺を出す。それから、窓を開けて竹尺に乗って外に出る。一応窓を閉めてから、竹尺に乗って夜の街へと飛んでいく。日が暮れた街はあちこちに明かりが点っていて賑やかだ。
こんなきれいな夜景の中に今日も犯罪が潜んでいるのか。見逃さないように、けれども全部を相手できるわけではないので選別もしないとと気を引き締めた。
空の上からざっくりと街中を見て回る。なにか異常があれば竹尺の赤い印の部分が光ってアラートを出すのだけれども、今日は出ていない。どうやら平和な夜を過ごせそうだ。
そう思いながら、念のためにと先日強盗事件があったコンビニのようすを見に行く。すると、店舗の前であの僕によく絡んでくる素行の悪い男子生徒とその友人達が、煙草を吸いながらたむろしていた。
さて、どうしたものか。
たしかに、未成年の喫煙は悪いことだけれども、正直言えば僕が直々にどうこうするほどのことでもない。正確には、僕がなにかやるのではなく、これは親や学校の指導の範囲だ。
けれども、なぜだか気になったのでクラスメイトがいる側とは反対に降りたって、物陰からようすをうかがう。
随分と大きな声で話しているな。これは普通に近所迷惑だ。ついうんざりしながらクラスメイトの話を聞いていると、こんなことを言いだした。
「そういえばさ、百合ヶ丘の姉ちゃん美人だって言うし、今度紹介してもらおうぜ」
「え? いいじゃん。
紹介してもらったらそのままどっか連れ込もうぜ。
あいつの姉ちゃんならチョロいだろ」
「百合ヶ丘なら言うこと聞くだろうし。
用が済んだら百合ヶ丘は放っておけばいいしさ」
「そうだよな。なんか抵抗してきたらボコしておけばいいし」
それを聞いて思わずカッとなった。
あいつら、お姉ちゃんになにをする気だ。いや、なにをもなにもない。やろうとしていることは明白だ。
お姉ちゃんが美人なのは認めるけれど、そんなことをさせてなるものか。お姉ちゃんは僕が絶対に守るんだ。
あんな下劣なことを考えるやつらなんかにお姉ちゃんを会わせたくはないし、だいたい僕なら言うことを聞くってなんなんだ。勝手に僕のことを完全に舐めているのも腹が立つ。
僕は反射的にクラスメイトの前に出て、あいつらが持っていたりくわえていたりした煙草を全部取り上げて声を掛ける。
「なにやってるの?
未成年の喫煙はよくないよ」
僕がにっこりと笑ってそう言うと、クラスメイト達は不満そうに僕を睨み付ける。
「なんだよおまえ、なんの用だよ」
まさかヌヴォワール・リリーが自分たちになにかするとは思っていないのだろう。随分と大きな態度だ。
でも、ヌヴォワール・リリーは見逃しても、僕は見逃さない。
そう、あんな話を聞いて放っておけるはずもないのだ。
「だから、未成年の喫煙はよくないよ」
僕の言葉に、クラスメイト達は明らかに不機嫌そうに立ち上がって不満そうに言う。
「正義の味方さまが俺らなんかにかまってるひまないだろ。
もっと他にやることあんじゃないのか?」
それから、僕の肩を突き飛ばそうとしたので、すこしだけ体を反らしてそれを避け、持っていた煙草を握りつぶしながら僕は答える。
「他にやること?
そうだなぁ、婦女暴行を未然に防ぐこととか?」
いつもより口調がゆっくりになって声も低めになる。きっとこの口調で僕が怒っているのがわかったのだろう。クラスメイト達が一瞬怯む。それから、目配せをしてなにやら話しはじめる。
「なんだ? こいつさっきの話聞いてたのか?」
「え? でも、こいつはあいつと関係ないじゃん」
「なんであの程度でこんな怒ってるんだ?
わけわかんねぇ」
自分たちの企てていたことがいかに醜悪なことなのか、こいつらには自覚が無いらしい。
僕はコンビニのごみ箱の側にある灰皿に、握りこんだ煙草を叩き付ける。
その音にクラスメイトのひとりが睨み付けてくるけれども、僕はクラスメイト達の方を向いてまたにっこりと笑う。
「もし遊びや出来心で女の子に乱暴するようなら、僕は絶対に許さないからね」
僕がそう言うと、クラスメイトは笑ってこう返す。
「許さないって言っても、どうせ警察呼ぶくらいしかできないんだろ」
それから、他のやつらも囃し立てはじめたので、僕は右腕で大きく円を描いて中空から大きな裁ちばさみを出す。それを両手に構えて刃を開き、クラスメイト達に向ける。
「ギロチンとこの裁ちばさみ、どっちの方が切れ味いいか試してみる?」
裁ちばさみの刃でコンビニの照明を反射させると、クラスメイト達は引きつったような悲鳴を上げて我先にと逃げ出した。さっきまでの威勢もどこへやらだ。
実際のところ、この裁ちばさみで人の首を刎ねたりなんてことはできない。ヌヴォワール・リリーが普段人の動きを止めるために使っている大きなまち針同様、人の体に刃を入れたりしても傷を付けたりはしない。ただ、この裁ちばさみで首を切ると、そのあと首を切られた人は、まるでロボトミー手術を施されたような様相になるので、なにかしらの影響はあるのだろうけれども。
なるほど、ロボトミーか。それで済むならさっきあいつらの首を全部この裁ちばさみで切りつけてしまえばよかった。
今後悪事を働くようになるよりは、無気力なまま今後の人生を送ってもらったほうが他の人への悪い影響も減るだろうし。
でも、ロボトミーとなると、場合によっては要介護になったりするし、そうなるとその手の職の人の手を煩わせるのも……なかなか難しい。
すこし考えに耽ってから、はっとして周りを見る。野次馬が来ているということはなかったけれども、クラスメイト達が逃げ去った後にはお菓子やパンやカップ麺のゴミが散らばっている。
立つ鳥後を濁しすぎだなと溜息をつきながら、ゴミを拾ってごみ箱に捨てていく。
そうしていると、コンビニの中から店員さんがほうきとちりとりを持ってやってきた。
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