終わりの境目、打ち上げ花火の約束

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 全ては既に過ぎ去った。全てが過去になっている。この廃屋には梢が住んでいた痕跡、つまり人の営みという暖かさの欠片がない。途方に暮れた。  梢。梢はどこにいったんだ。思わず頭を抱えた。  梢がいない。戦争で会えなくなるなんて、もっといえば戦争が起こっているなんて本当は思ってなかった。戦争は悪いもので、僕の周りにあるはずがないものだったから。  尾黒は家族に会えただろうか。  僕は梢の家まで人の姿どころか生活感というものを全く見なかった。壊れていない家も埃が積もり、長い時間住んでいない。つまり、戦争が始まった直後に恐らく虐殺がり、強制移動させられたのだろう。虐殺? そんな事があっていいはずがない。  移動とすればどこに。この東側で人が集まれる場所は、再青川近くのショッピングモールか遊園地しかない。  足は自然と遊園地に向いた。深まる破壊の痕跡、瓦礫の山を歩き、漸く辿り着いた夢の国は煙を上げていた。向かって東側の外壁は崩れ落ちていたが、何故か正面ゲートだけが妙に綺麗に残っていた。煙。初めて動きのあるものを見た。慌てて無人のゲートを抜けても人間は誰もいなかった。  けれどもタタタという妙に乾いた音が聞こえた。戦闘音だと思い至る。心臓がびくりと揺れた。  誰かいる。僅かな手がかりを求めて建物の影に身を寄せながら近寄れば、武装した兵士と思しき者が居並ぶ人々に向かって銃を撃ち、正面からドミノのようにバタバタと人が崩れ落ちていく。映画のように。  駄目だ。虐殺なんてあっちゃ駄目だ。  けれどもあの中に梢がいる、かもしれない。飛び出そうとしても恐怖で足が動かなかった。そこで漸く、未だ戦争中だと認識した。自分が安全じゃないことも。認めたくなかった。  梢は言った。  今見ないと二度と見れない気がする。  花火を見そびれたからこうなった? 楽しく花火を見なければ。  ぼんやりした頭の中で、図書館で調べた遊園地の地図を開き、トボトボと制御室へ向かう。敵軍の荷物や設備といった非現実的なものは目に入らなかった。  制御室の電源は生きていた。マニュアルも置いてあった。最初に全館放送をかけると脳天気な音楽が響き渡る。花火の打ち上げシステムを起動した。目の前のたくさんのモニタに、映画のように殺される人々と、遊園地の上空に打ち上げられた昼間の花火の起こした白い煙が見えて、背後から、たくさんの人の足音が聞こえた。
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