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遊園地はこの世の終わりのように晴れ渡っていた。あれから実際はたった5ヶ月しか過ぎていない。
久しぶりに訪れた遊園地に人影はなく、いつもなら長蛇のアトラクションにも列は全くない。そもそも動いているアトラクション自体がない。無傷なものはあるのかもしれないが、そもそも動いていないのだ。
「慎弘」
「梢?」
名前を呼ばれた気がして慌てて振り返ったけれど、ひゅるりと小さな風が吹くだけで誰の姿もなかった。
最後に梢と話、というより罵りあいをしたのはこの遊園地だ。
夏の終わりのあの日は猛暑だった。水分補給にも事欠きながら、苛つきをなんとか折り畳んでジェットコースターの長蛇の列に並んだ。唸るように蝉の鳴き声がして、強い日差しに照りつけられて目眩がした。
僕と梢は同じ大学の学生で、テニサーの新歓で出会って付き合い始めた。明るいショートボブと同じく明るくよく笑う子。
最初の夏休みにこの遊園地に来た。
きっかけは同じサークルの誰かが行ったと自慢したんだ。それで梢が行きたいと言い出した。けれども僕は難色を示した。
僕と梢は夏休みの終わりに沖縄旅行を計画していた。そのための資金稼ぎにバイトを掛け持ちしていた。僕は生活費を自前で賄ってるからハイシーズンの旅行は清水の舞台を飛び降りる感じ。後期にはまた高い教科書を買わないといけない。
遊園地に行くと沖縄旅行の資金が足りない。それなりにいいリゾートホテルに航空券付きのパック旅行を幸運にも取れたのに。
「振込期限は来週だよ⁉︎ 金が足りない。遊園地はせめて9月の連休にしよう」
「やだ。絶対やだ。花火を見たいの! 約束したじゃない!」
確かに付き合い初めの春、夏に花火を見ようって約束はしたさ。でも今じゃなくても、ここじゃなくてもいいじゃないか。
「遊園地の花火なんて来月もやってる」
「夏の花火は特別なんだって。沖縄なんて来月行けばいいじゃん。その方が安いし両方いけるし!」
「沖縄こそ夏にいくべきだろ! 泳ぎたいって言ったのは梢じゃん!」
「だって! 今見ないと二度と隣で見れない気がするの!」
僕はわざとらしく大きなため息をついた。梢が不機嫌になって、ますます意固地になるのはわかっていたのに。普段はさっぱりしているけどたまにどうしようもなく譲らない。そんな時は絶対に折れない。けれども何も今じゃなくても!
結局、遊園地に行く金すら足りないのも情けない話で、いい負けて旅行はやけっぱちにキャンセルし、2割のキャンセル料を払う羽目になった。だから僕はその遊園地が最初から不満だった。それなのに行ったのはキャンセルまでして意地になっていたからだ。まさに負のスパイラル。
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