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「やれやれ、婿殿も困ったことをしてくれた」
ここは領主の屋敷の3階に位置する執務室である。
そこで、背もたれ椅子にもたれかかりながら座っている初老の男性がいた。彼こそがミューリン現領主のオオロットである。
彼は先程まで来賓客の対応をしていたので疲労した様子だった。
だけど、その顔には結婚式を台無しにした婿スサマに対する怒りの感情は見えなかった。
「お父様、申し訳ありません。私が結婚を急ぎ過ぎたばかりにスサマ様の御心を見ていませんでした」
オオロットの前に立っているのは娘のレズアンである。彼女は自分が歳をとってから生まれた一人娘だった。
娘は若いのにしっかりしていて、それでいてちょっとぬけているところがある。それらの性格は、母親そっくりであった。
そんな未熟な部分も含めて愛らしい娘は現在元気をなくして顔も暗く俯いている。
「…うむ、過ぎたことはしょうがない。お前はこれから婿殿を追うためにマデランへ向かうと行ったな?」
「はい、今屋敷の客間にいらっしゃるゴンザレス様が案内をしてくれるそうです」
「あそこは、ならず者が多い場所だ。本当なら父親としても娘をそこに向かわせるのは止めたいところだが…」
そういいながら、オオロットは立ち上がると背後にある壁一面に貼られたガラス窓の方に体を向けた。
この巨大なガラス窓から見える景色でミューリンを一望することができるのである。
「この執務室はな、事務を執る際に背後のミューリンの街が見えることで、文字通り領地を背負っていることを意味するのだ」
「はい」
「もともと、我々の先祖は一介の商人だった。それが領主になれたのは人々に与えてきた信頼と仁義のおかげである」
「存じております」
「故に、婿殿が貴族ではないからといって結婚をさせないことはしない。…だが、このまま婿殿を逃がせば民たちは不審に感じ、ここまで築き上げた信頼を揺るがす結果になるかもしれない。それはこの地を治める者として阻止しなければならない。そして、今回民たちの信頼を守る役目はレズアン、お前だ。ミューリンの姫として領地を背負う者としてお前が婿殿を連れ戻さなければならないぞ」
「はい!」
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