●不幸な男、幸せな結婚から逃げる!●

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 新郎がそれに見惚れていると、出席者全員による讃美歌(さんびか)が聞こえてきた。  出席者は流石貴族の結婚式ということで、そうそうたる顔ぶれであった。中でも驚くのは遠くの王都から来賓(らいひん)した王妃と王女がこの祝賀に参列していることである。  彼女らは前々から幸福の街といわれるミューリンに関心を抱いていたという。そのことは新郎の耳にも届いていたが、今自分の挙式に参加していると思うと腹が痛くなる。  そんな豪華なメンバーによる讃美歌が終わり、牧師が一旦静寂になるのを待ってから愛の教えを説き始めた。  このときには、新郎が緊張のピークを迎えており直立不動にも関わらず視界が揺れて目の前の祭壇が歪んでみえていた。  そして、いよいよふたりが結ばれる『契約』のときがきたのだった。  牧師は言った「新郎スサマ、あなたはここにいるレズアンを愛し、病めるときも、健やかなるときも、富めるときも、貧しきときも、大地を(うやま)い、そこに住まう精霊たちと共に自分を偽ることなく生きていくことを誓いますか?」と。  この言葉を聞いたとき、スサマはハッとした。それは緊張で意識が混濁していた彼を冷水を浴びせたかのように現実へと引き戻したのである。  平民生まれである自分が美しい貴族の娘と結婚するという夢みたいな出来事だろうと緊張している場合ではなかったのだった。  今が運命の分かれ道、ここで腹を決めないといけなかった。 (レズアンが幸せになるためには…)  数秒沈黙した後に、スサマは目に揺るぎないものを宿した。  その一方で、式場の端っこでは抽選で選ばれたミューリンの民たちがいた。  領主の娘の結婚式という重大な催しに参加できる幸運な人たちは新郎の次の言葉をまだかまだかと胸を踊らせていた。  そのときであった。「ちょっと待った!!」と叫んだ声が民たちに聞こえてきた。  民たちは驚きざわついた。幾人かは式場の入口を見たがそこには誰もいなかった。それもそのはず、聞こえてきたのは。  この幸せな結婚式を邪魔した罰当たりな者とは、民たちが予想した式の乱入者ではなかった。  
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