心臓がいくつあっても

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 駅の階段を降りると、改札向こうから手を振っている人影が目に入る。 「なっちゃーん」  ぶんぶん音がしそうなほど大きく手を振り私を呼んでいる。通行人が数人振り返る。  急ぎ足で長身の男の子の元に駆け寄った。 「そんな大声で呼ばなくても、あんたみたいにデカくて目立つならすぐ気付くわよ」 「駅で会うなんて偶然過ぎるじゃん?嬉しくって」  4つ年下の幼なじみはそう言って屈託なく笑う。  高校を卒業してから、幼少より所属していた児童劇団の手伝いをしながら本格的に俳優業を目指しているという。  とは言っても、今のところ大きな仕事があるわけでもなく、フリーターと変わらない。 「なっちゃん仕事終わり?家帰るの?」 「うん。食事も済ませたとこ。紫輝(しき)はこんなとこで何してるの?」 「バイト帰りだけど……」  そう言って急に真顔になって私の目をじっと見つめる。 「な、な、何よ?」  幼い頃は泣き虫だったのに、最近急に大人っぽくなってきて、時々ドキッとするような表情をする。 「なんか今日のなっちゃんツヤツヤしてる」  大きな手が背中に伸びて抵抗する間もなく引き寄せられる。  首の後ろあたりの匂いを嗅ぐ。クンクンとまるで犬のように。 「なんか女っぽい匂いもするし」 「あんた何考えてるのよ、こんな人前で! 仮にも俳優の卵のつもりなんでしょ?危機感を持ちなさい!」  私が怒ると 「はぁい」  と言ってパッと手を離す。    そして、ニヤリと笑って指をさす。 「ねぇ、あの人知り合いの人?」  私が振り返ると同時に、黒田さんが踵を返して去って行くのが見えた。  目の前が、一瞬で、真っ黒になった。
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