進級

2/3
34人が本棚に入れています
本棚に追加
/48ページ
俺は昨日あれから杏奈の部屋に泊まり、朝、車で送ってもらった。 その時、何故か俺は昨日の女のことを考えていた。 あの女も1人暮らしだって言っていたな。 「ごめん、保。今日は迎えに行けそうにないわ」 校門の前で車を停めると杏奈が言う。 「何だ、浮気か?」 「違うわよ!新入社員達を祝う飲み会があるの」 それなら仕方ない。 久しぶりに屋敷に帰るか。 俺はシートベルトを外して、一旦、車を降りる。 そして、後ろのドアを開けて、後部座席に置いてあったカバンを手に取った。 「あんま飲み過ぎて、お持ち帰りされるなよ」 「大丈夫よ。心配しないで」 杏奈は運転席から後ろを振り返って、俺にウインクする。 そして、俺がカバンを肩に担いで車から離れると、片手で手を振り、車で走り去っていった。 「千夜くん、おはよう御座います。又、朝帰りですか?」 校門から学園内の敷地に入ろうとした俺は声を掛けられる。 「ああ。そんな事より、クラス替えが無いから、俺達また同じクラスだぜ」 「結局、3年間同じクラスでしたね」 鈴木と話しながら、3年A組のクラスに向かう。 気のせいか、鈴木の顔色が悪いような…。 「鈴木。あんま勉強ばっかしてるなよ」 「千夜くんも、あまり女性遊びばかりしないでくださいね」 …要らん心配だったかもな。 この時の俺はそう思った。 始業式に出る気がしなかった俺は、鈴木に引っ張られ、半ば強引に体育館に連れてかれた。 並び順は、鈴木は俺の直ぐ前だから、かったるいが、このまま始業式に出るしかない。 始業式が始まった。 と、俺は同じクラスの女子の列に何気無しに目をやって驚いた。 昨日、荷物を持ってやった女がいたからだ。 向こうは俺に気付いてなさそうだが、気付くのも時間の問題だろう。 と、直ぐ目の前で立ってた鈴木がグラリと身体を倒れ込ませた。 危ねえ! 俺は咄嗟に鈴木の身体を支えたから、鈴木は床に頭を打たずに済んだが、身体が倒れた時、バッターン!と大きな音を立てちまった。 一瞬、シーンとなった後、ざわつき始める周囲。 どうりで今朝、顔色が悪かった訳だ。 俺は周囲の注目にも構わず、鈴木の介抱を始める。 大事な病気じゃないと良いんだがな。 「あ、貴方は昨日の…」 どうやら向こうも俺に気付いたらしい。 だが、今はそれどころじゃない。 「千夜、此処は先生に任せて、始業式に出なさい」 新しく担任になった教師に言われて、俺は応急処置だけ済ませた。 だが、体育館中がざわつき、教師達が口々に静かにする様に言っている。 俺はこっそり体育館を抜け出した。 俺が向かったのは野良犬達が居る体育館裏だ。 鈴木の犬に向ける優しい眼差しを思い出しながら俺はタバコを何本か吸って教室へ戻った。 教室内に戻った俺は先ず鈴木が戻ったか、放課後になった教室を見渡す。 と、さっきの女と目が合う。 と、女が俺の方にやって来た。 「どこ行ってたの?」 「どこでも良いだろ」 女は俺の返答に一瞬、躊躇したが、ペコリと会釈して言った。 「昨日は、ありがとう。私、諸橋香澄。宜しくね」 「俺は千夜保」 「千夜くんね」 香澄が俺を見上げる。 教室には、まだ何人かのクラスメートが残っている。 皆、それぞれ仲の良い奴等で連む中、香澄は転入生だから、まだ友人が居ないんだろ。 と、その時、又、胸が疼いた。 一体、何なんだ。 「どうかした?」 香澄が不安そうな表情になってきたから俺はやべーと思った。 「いや、何でもねー」 と、さっきから俺等2人きりで何やら喋っているせいか、クラスの男子が冷やかした。 「千夜ー、香澄ちゃんに早速、ナンパかー?」 「バカ、ちげーよ」 俺は男子にそう言うと、又、香澄に向き直った。 「それよか、鈴木…始業式で倒れた奴は、どうなった?」 「担任の谷崎(たにざき)先生によると、さっき意識が戻ったそうよ。千夜くん凄いわね。咄嗟に介抱するなんて」 「大したことはしてねーよ。ま、意識が戻ったって事は、予測じゃ貧血か何かだったんだろうな」 「千夜くんのおかげね。千夜くん、途中まで一緒に帰らない?」 「ああ、構わねーぜ」 俺はカバンを手に取ると、肩に担いでカスミと2人教室を出た。 「千夜くんって誕生日いつなの?」 「11月だ。そういう香澄は、いつだよ?」 「4月よ。だから、クラス替えとかあるといつも友達ができる前に誕生日が過ぎちゃって…」 「ああ、プレゼントを貰い損ねるって奴だな」 「うん。それからは自分で自分の誕生日を祝っているって感じ」 そんな、他愛の無い会話をしながら歩いて俺等はコンビニの近くの角で別れた。 その日の夜。 俺は自室で携帯を手に、鈴木に電話を掛けた。 大丈夫だとは思うが、始業式でぶっ倒れたんだ。 その後の体調が気になった。 数回のコール音の後、鈴木が電話に出た。 『もしもし』 「もしもし、俺だ」 『その声は千夜くん?今日はご心配をおかけしました。もう大丈夫です』 電話口の鈴木の声は思っていたより元気そうだ。 「そんなら良かった。又な。今日ぶっ倒れたんだ。あんま無理すんなよ」 『ありがとうございます。おやすみなさい』 鈴木がそう言うと電話は切れる。 俺もベッドに横になった。 香澄の奴…今頃、どうしてるか…。 何故か香澄の事を思いながら、俺はゆっくり目を閉じる。 香澄の顔を思い出して、なかなか可愛い女だったなと思いながら俺の意識は暗転した。
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!