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次の日から通常日課になった。
鈴木と香澄はお互い自己紹介し、昼休みは空いてる椅子を持ってきて、3人で昼飯を食う様になっている。
4月下旬の日曜日。
今日は特に予定もないから、コンビニまで行って新刊のスイーツ雑誌を見に行った。
どちらかと言えば、食べるより作るのに興味がある。
小さいガキの頃、死んだばーちゃんがよく俺にケーキを作ってくれたからだ。
只、男が甘いもん作るなんてな…って思ってる俺は、スイーツ雑誌を見るに留めている。
それに親父が俺に跡継がせようとしてるからな。
コンビニに入ると、すぐ目の前にある雑誌コーナーに、スイーツ雑誌の5月号が置いてあるのを見つける。
手に取って、ページをめくっていると、突然背後から「千夜くん?!」と甲高い声が聞こえた。
内心、ギクッとした俺は、雑誌を急いでしまった。
「よ、よお、偶然だな」
「そうね。何読んでたの?」
香澄が覗き込もうとしたので、俺は内心、慌てて言う。
「何だって良いだろ。香澄は何を買いに来たんだよ?」
「カップケーキ!今日、私の誕生日なの」
そういや誕生日は4月だって言ってたな。
だが、せっかくの誕生日にコンビニのカップケーキじゃ何か侘びしさを感じた俺は香澄に言う。
「それなら、ケーキ屋でケーキ買った方がいいんじゃねーのか?」
「そうだけど、近くのケーキ屋には私、バイトしてるから、何か行きづらいのよね」
そう言や、香澄は独り暮らしだったな。
てっきり親からの仕送りで暮らしていると勝手にそう思っていた俺は内心、感心した。
「あんた、バイトしてたのか」
「うん!お父さんとお母さんが仕送りしてくれるから、辞めても良いんだけど、それだと放課後、時間を持て余しそうで」
なるほど、そういう事情か。
と。
「千夜くん、カップケーキ1つ奢って♡」
「はあ?何で俺が?」
香澄は上目遣いで俺を見詰める。
やれやれ。
チャッカリしてやがんぜ。
まあ、自分で自分の誕生日を祝っているような感じだって言ってたからな。
1年に1回くらいは、こういう事が有っても良いかもしれねー。
「わーったよ。俺がカップケーキ奢るからよ」
香澄は俺を見上げて、ニッコリと笑う。
「ありがと、千夜くん。千夜くんって…」
「まだ何かあるのかよ?」
「ううん、只、荷物持ってくれたり見た目より優しいのね」
やれやれ。
俺は、スイーツ売り場に向かう。
カップケーキと一言で言っても色々な種類がある。
俺は追いかけてきた香澄に言った。
「どれがいいんだよ?」
「レアチーズケーキ!」
「わかったよ」
俺はレアチーズケーキのカップケーキを1つ手に取り、レジに向かう。
精算を済ませると、俺はイートインで空いてる席に座った。
香澄はてっきり先に座っているものだとばかり思っていたが、俺より後から来た。
「お待たせ♡」
よく見ると香澄はイチゴのショートケーキのカップケーキを手にしている。
「香澄、太るぞ」
どうりで俺より後から来た訳だ。
香澄は俺の言葉に、ムッとしたように言う。
「失敬な!これと千夜くんが奢ってくれたのとシェアしようと思って」
「良いのかよ?それじゃあ、奢った事にならないぜ」
「安心して。お金ならまだ在るから」
俺は香澄の持ち金を心配して言ったのだが、奴はそう言う。
「女って本当に甘いものが好きだよな」
「他の女性は解らないけど、私は誕生日しかケーキ食べないわよ」
「へぇ...珍しいな。クリスマスも、か?」
「うん」
好きなものを1年に1回しか食べないとは…健気と言うか、我慢強いと言うか。
子供っぽい奴だと思っていたが、芯は意外と強いのかもしれないな…。
「〜〜〜美味しい!」
ケーキをひと口食べた香澄が本当に美味そうに言う。
「良かったな。俺も食うかな。せっかく香澄の誕生日を祝っている訳だし」
そう言ってスプーンを持った手を伸ばして俺は香澄の食ったケーキを口にする。
苺のショートケーキだ。
「確かに美味いな」
俺はそう言って、もうひと口食べようとしたところで、香澄が何故かケーキにスプーンで縦線を作る。
「こっちから右が私。反対側が千夜くんね」
「わーったよ!キッチリしてんな。こっちのケーキも2つに分けるのか?」
香澄が頷いたのを見てから、俺は自分が買ったケーキに、香澄と同じようにスプーンで縦線を入れた。
…これ、何の意味があるんだ?
俺は意味がわからなかったが、レアチーズケーキもひと口食べてみた。
こっちも、なかなかいける。
「こっちも美味いぜ、香澄」
「うん、食べる!」
香澄は、さっき俺がしたように自分のスプーンを伸ばすとレアチーズケーキをひと口食べた。
「美味しい!!」
「あんた、本当に美味そうに食うな」
これだけ美味そうに食ってくれたら、作った奴も嬉しいだろうな。
最もコンビニのカップケーキが手作りなのかは、甚だ疑問だが。
香澄は俺と同じくらい早くケーキを2種類食い終える。
「だって大好きなんだもん!」
「…俺さ、ガキの頃パティシエになりたかったんだよ。死んだばーちゃんが1人で居た俺に、よくケーキ作ってくれてさ」
俺は死んだばーちゃんの笑顔を思い浮かべながら言った。
今でこそ、ヤクザの若頭なのは大っぴらに言ってはいないが、ガキの頃は誰かれ構わず口にして、敬遠されてた。
ダチが出来たのも、中学生になって若頭のことを言わなくなってからだ。
「でも、無理だよな。漢が甘いもん作るなんて。それに今の俺を正社員みたいに採用する店があるとは思えないし...」
「そんな事ないわよ!チャレンジする前から諦めてないで頑張ってみなさいよ」
俺は、まさか香澄に背中を推されるとは思わなかったから、心底驚いた。
香澄…こんな俺のことでも応援してくれるんだな…。
跡取りのことも有るが、パティシエの道…本気になって考えてみようか。
「サンキュー、香澄」
パティシエになる事を考え始めた俺は、笑顔で空のカップケーキの容器を捨てるとコンビニを出た。
頑張ってみろ、か…。
親父は反対するだろうが…上手く説得出来るかに、かかっているな。
俺は跡取りのこととパティシエの道…目の前に2つに分かれた道が出現したように思えた。
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