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「いやぁ、今のは危なかったね。確実にハイライトだ」 気の抜けた感想に思わずため息が出た。 「危なかったじゃねぇよ。完全にサヨナラ負けかと思っただろ」 バックスクリーン表示されたスコアは僅か1点差。ゲームは9回裏まで進んでいる。何とかツーアウトまでもぎ取ってはいるが塁は全て埋まり、ホームランとは言わずともヒットでゲームを覆され兼ねない。 「僕はキャッチャーのサイン通りに投げただけだけど?」 「なら、俺のおかげでサヨナラ逆転満塁ホームランは免れたわけだ」 「今大会無失点のピッチャーによくそんな台詞が言えるね」 「リードが優秀だったんだな」 「口が減らないなぁ」 いつもの調子で軽口を叩き合う。内心気が気じゃないが、弱音を吐いても勝てないことは互いによく分かっている。気持ちで負けていては勝てるものも勝てなくなる。 実際、今大会無失点は驚異的な記録だ。こんな県立の中堅高が決勝まで駆け上がって来ただけでも凄いというのに、甲子園優勝候補の名門校をここまで追い詰めている。この結果は一重に、こいつの力があってのことだ。 「次の球、どうする?」 「僕に聞くなんて珍しいね」 「あいつには打たれたからな」 前の打席で左中間に運ばれている。幸い、失点には繋がらなかったが、今年のドラフト注目選手なだけはある。 「僕の球、信用してないわけ?」 「まさか」 バッテリーを組んで10年近く、疑ったことなんて一度もない。ましてやこの一年、見違えるほどに成長したことはこいつの球を何千何万と受けて来た俺が一番理解している。 「なら、どっしり構えといてよ」 「ど真ん中ストレートでもいいか?」 「確実に打たれるだろうけど、そこに構えるなら僕は投げるよ」 そう言うと俺のミットに収まっていた球を取り上げて、プレートの足場を整え始めた。その背中はとても大きく、そして頼りがいがある。背番号1が良く似合っている。 「どうしたの?タイム終わるよ?」 戻らない俺に気が付いて怪訝そうな表情を浮かべた。 「……なぁ、あの時の約束、覚えてるか?」 「約束?」 聞き返されて、我に返った。なんでそんなことを口走ったのか自分でも分からなかった。 「いや、何でもない。忘れてくれ」 マウンドに背を向けて自分のポジションに戻る。タイムが長かったせいか、球審が少し苛立っているように見える。一度会釈をしてからマスクを被り直した。球審がコールすると、試合は動き出す。
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