それなら踊って

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「起きなさい、ほら、もう朝なんだからシャキッとしてよね」  え?  消えたスポットライトは朝日に変わってわたしを照らす。拍手の代わりにお母さんが止めたアラームは静まり返ってわたしをぼおっと浮き上がらせた。そうだった。わたしはもうバレエなんて辞めたんだった。起き上がったことによる目眩に頭を押えながらわたしは夢を反芻した。  高校生に上がった去年、友達と遊ぶ方が楽しくなってわたしはあっさりとバレエを辞めた。あれだけ大好きだったバレエも辞めてしまえばこんなもんかと思ってたけれど、そうではなかったみたいだ。  上がる呼吸に、涙ぐむ瞳。あんなに楽しかった舞台を最後まで踊りきることができないまま終えた夢。わたしは未練がましい眩しい夢に大きく揺さぶられていた。  だって遊ぶ方が楽しかった。好きなものを好きなだけ食べられる方が嬉しかった。みんなと同じことをして、プリクラを撮って、街に繰り出して遊びたかったんだ。だからこんな夢、見たくもないのに。  夢に囚われた末に痛む頭。そんな重くなった頭を抱えたまま制服に身を通したわたしは朝ごはんも食べずに家を出た。  今も鮮明に思い出せるあのスポットライトの輝き。ステップやターンのひとつひとつ。お客さんの方を向いて笑顔でポーズを――するはずだった。けどそれはできずに終わった。覚めてしまった。一番大好きな最後のポーズ決めることができないまま、わたしの夢はただの夢として溶けて終わった。あんな最後なら、見ない方がマシだったのに。  授業中もわたしはあの夢に囚われ、ため息ばかりがノートの上を滑っていった。相変わらず痛む頭は、夢の中で眩しいスポットライトを浴びすぎたのかチカチカして目の前が真っ白になっていく。  ようやく訪れた下校の時間、帰り道の途中で雨が降り始めた。ぽつ、ぽつ、と、またリズムを取って降る雨にですら嫌気がさした。それでも。アン・ドゥ・トロワ、そう言っているような軽快な雨が嫌でもわたしの手足を動かす。あの時好きだったステップを、雨のリズムに合わせて軽く踏んでみた。先の硬いローファーはトゥシューズの代わりになって雨の中をわたしは踊って進む。  楽しい。スポットライトのちりちりが今では雨のぽつぽつに変わって指先を刺激する。滑らかに動かす手足は、まるでここを舞台にさせてしまうようで。 「ゆるさない」  手の甲に落ちた大粒の涙はミルククラウンを作るみたいにスローモーションに見えた。  わたしが一番知っている。わたしはバレエがまだ大好きだということを。辞めたことをずっとずっと後悔していることを。  だから。  わたしはわたしをゆるさない。  雨に濡れることも厭わず、わたしは走った。それは踊りなんてものじゃなくて、ただがむしゃらな姿。格好よくも美しくもない、泣き顔でくしゃくしゃな姿。それでもいい。自分の好きを好きなままでいられるのなら。きっと間に合う。今からでも。ゆるさない、なら。  ドアを開けたわたしはお母さんに叫ぶ。 「お母さん!わたしのトゥシューズまだある?」  
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