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「お、怒ってる……?」
「別に」
「怒ってね? 近いんだけど……あ、いや、別に嫌とかではなく。ほら、離れて。真崎くんがちゅーしちゃうぞ」
「……いいよ」
「え、いいの?」
「ダメなの?」
「いいけど……」
ぽぉっとした顔で、折本は俺の腰に手を回した。目元がうっすらと赤く、酔いが回っているのが見て取れる。流石に日本酒は発泡酒やビールに比べて酔いが回るまでが早い。
「じゃあ、しろよ。早く」
「はいはい」
もう少し飲ませておこうか。でも、もう十分酔っているようにも見える。呂律もだいぶ怪しいし、普段の折本だったら記憶も飛んでておかしくない。きっと今立ちあがらせたら、そのまま倒れるんじゃないかと思う。
「あ、ちゃんと舌絡めるほうのやつね。やる気なかったら犯す」
「絶好調じゃん……」
なんなら、俺のケツ貸してやってもいいけど。というか、ちんこ貸せよ。今日はもう、全部忘れたい。折本は忘れさせてくれるでしょ。どうせお前は忘れるし。
俺は不誠実だ。折本のことをヤリチンだなんだ、クズだなんだと言うけれど、俺だって最低でクズで、自分のことしか考えていない。いいや、折本のことしか考えてないんだけど。でもそれは全部、結局回りまわって俺のことしか考えてないことになる。要するに俺はクソ。
自己嫌悪がすごい。もういっそ、二人で全部忘れてしまおう。
日本酒を口に含んだ。重い香りが咥内に広がり、喉が熱くなる感覚と共に食道を落ちていくのが分かる。もう一口煽ると、そのまま飲み込まずに折本の頬に手を沿えた。
折本の潤んだ瞳がきら、と光る。ずいぶん楽しそうに、期待の籠った眼差しで俺を見つめ返す。
触れた唇は相変わらず柔らかい。力の抜けたそれを舌で押せば、ふに、とした感触の後、抵抗なく中に導かれた。口に含んだ日本酒がこぼれる前に、折本の咥内に流し込む。口を離せば透明な唾液が糸を引き、折本の喉仏がごくんと上下した。
「……これで、終わり?」
不満げに俺を見てフン、と鼻を鳴らす。顔はかわいいのにかわいくねぇ。俺も折本を見下ろして鼻で笑ってやった。
「いーや?」
「んふ、童貞真崎くんのキスだもんね。こんなんじゃ足りないでしょ」
「まあね」
両手で折本の頬を包み、唇を合わせる。何度もされてきた折本のキスをなぞるように、角度を変えて唇を食む。柔らかい折本の唇と俺のかさついた唇が触れ合うのが気持ちよかった。角度を変える度に、どんどん深くなっていく。折本の膝の上に乗り上げていた俺は、気がついたら折本を押し倒していた。
ちゅぷ、と小さな音を立てながら深くなるキスに夢中になっていれば耳の辺りをくすぐられた。触れられた箇所から痺れるような甘い電流が走る。対抗するように折本の髪を梳けば、折本は絡みついた舌はそのまま、俺の咥内に侵入してきた。
「ン……っ!」
口の中に入ってきた舌が、舌を吸い上げ上顎をなぞる。なんともいえない感覚に腰がびくびくと震えた。
「ぁ、」
出そうと思ったわけじゃない声が自然と漏れ出てしまう。俺の耳元をいじりながら髪を梳いていた折本の手が、今度は首筋をくすぐった。
「う、ひゃっ」
「ふっ」
笑ってんじゃねぇよ。お前が変なところ触るから。顔を離すと、折本は熱気を孕んだうっとりとした顔で笑っていた。うわぁ、この顔。そうだよ、この顔。折本がテンションが上がると見せるエロい顔。
「ん……お、りもと」
「ぁあ?」
ああ、そうだ。忘れてた。今のお前はこう呼ぶと怒るのだ。
すっかり力の抜けた体が折本の上に身を預けている。辛うじて顔を上げると、折本の唇を指でなぞった。指に折本の熱が触れるだけで、一つになっているみたいな感覚になれる。もっと触れて、どっちがどっちか分からなくなるくらいお互いの体温を混ぜ合いたい。
折本の汗を拭って、口の中に指を突っ込めば、当たり前のように舐められる。指が濡れていることも構わず折本の頬を掴んで引き寄せた。お互い荒くなった息のせいで、キスをしていると熱くてたまらない。
でも、この熱が堪らなく気持ちいい。唇を離したら唾液が糸を引いて、落ちていく。唇を濡らした折本に、俺は息を吐きだすようにして笑いかけた。
「はやて」
俺の腰を撫でていた折本の動きがぴた、と止まる。飲み込まれるんじゃないか、と思うくらい、折本は俺の目をじぃっと見つめた。酔いの回った潤んだ瞳が溶け出すようにして細くなる。
「はぁい?」
かわい子ぶるな、と口を開こうとしたら、後頭部に添えられた手に急に力が入った。
「んぅ!?」
まるで喰われるみたいなキス。唇を吸われ、角度を変え、繰り返す度に深くなる。折本の舌が絡みつき、唾液が混ざりあう。触れる折本の肌は酔いのせいか、とても熱かった。終わりが見えないキスに苦しくなって顔を反らそうとすれば、すぐさま折本が追ってくる。
「っふ、ん、ぅ……っ」
「っは、ぁ……まさき」
甘い声だ。上機嫌で艶っぽくて、脳みそを溶かすみたいな。
折本の指が伸び気味の俺の髪を耳にかける。そのまま耳の裏をなぞるようにして遊びながら、気持ちよさそうに目を細めた。
「好きだよ」
ドッと心臓が押されたみたいに息が詰まる。じわ、と広がっていく感覚に唇を噛んだ。好きだよ。俺も好き。信じていい? それとも酒のせい?
本当に好きなら、素面で言えよ。キスはできるのに言葉にはできない? いや、俺が言うなって話か。嫌な人間だな。全部を知ってるのは俺だけみたい。
ごくり、と唾を飲み込むと、折本を見つめてゆるりと笑った。
「俺も、好きだよ」
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