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 人間一度痛い目を見たら、そこそこ学ぶものである。例えば、三時間睡眠を続けて出社したら心身ともにぼろぼろになるとか、メンヘラ女に手を出したら刺されそうになったとか。  俺はもう絶対に法定外残業ばっちこいな会社には入らないし、折本はホス狂い女には手を出さない。  だから一度お互い痛い目をみれば、この関係も少しは変化するんじゃないかと思った。それがいい結果になるか悪い結果になるかは分からない。  起き上がると、昨日の名残で腰とケツがやたらと痛んだ。いつものように服の隙間から覗くキスマークと噛み痕を丁寧に隠す。だけど今日は途中で気が変わって、襟の開いた服を選んだ。  朝食の準備をしてる最中に、折本がリビングに入ってくる音が聞こえる。無意識に体が緊張した。ぺたり、ぺたり、と近づく足音は重たげだ。いつもと変わらないように感じる。いや、いつもよりも怠そうだ。度数の高い酒をあんなに飲ませたのだ。二日酔いにでもなっているだろうか。  いつもは完璧に隠す情事の痕は、今日に限って隠せなかったわけではない。わざと隠さなかった。思い出すことはできなくても、思い知ればいいと思った。どうせいつかはネタバラシをするつもりだったのだ。  ストレス発散に人の体を使う俺は最低だ。しかもそれ利用して、折本の真意を測ろうとしている。あんなにあんなに愛してるだなんだ恥ずかしいこと言ってきた折本は、いったい何を思う?  今なら、俺も折本も正気だ。何を言っても、それは酒の勢いにはならない。そろそろ折本に知って欲しい。そうしたら、あの言葉たちを俺は本物にできるんじゃないか。俺は出て行かない。それがどうしてなのか、お前はもう知っているはずなのに。  椅子を引く音が聞こえた。折本がどさりと座る。やっぱりいつもより調子が優れないみたいだった。平然を装って挨拶しようと、ダイニングテーブルを振り返る。  パッと笑顔を浮かべて声を上げようとしたが、声は出なかった。  折本は机に肘をついて頭を抱えていた。いつもと違う様子に心臓が異様に速くなる。全身にぶわりと汗が浮いた。嫌な予感がする。  のそり、と折本が頭を上げ俺のことをちら、と見やった。咄嗟になぜか、俺は隠さなかった首元の内出血を手で覆っていた。  明らかに何かを隠した俺の仕草を見て、折本の口元がひくり、と動く。  あ、と思った。 「おはよーさん」 「…………はよ」  こいつ、全部覚えてる。
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